ファイナンス 2021年9月号 No.670
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いる*8。反対に、麻薬同様に税関での水際取締の対象である、偽ブランド品等の知的財産権侵害物品については、同じような形での現物の泳がせ捜査をすることはできない。麻薬犯罪は、その組織性・悪質性に鑑み、ここでも他の禁制品とは一線を画する扱いを受けているのである。このように、マネロン罪の創設はそれだけで自己完結するものではなく、麻薬犯罪という究極の組織犯罪に対抗するために、それを制圧しようとする側の武器庫に格納された道具立ての一つとして理解する必要がある。マネロン罪を、窃盗罪や詐欺罪といった伝統的な犯罪類型と並べても、その本質について十分な理解を持つことはできない。むしろ、コントロールド・デリバリーや没収と並ぶ、ある意味で過激とも言える「重火器」の一つとして把握することで、はじめてその真の刑事政策的意義を認識できるのである。そして、その強力な武器の潜在力をどこまで活かせるかは、ひとえに官民に亘る制度設計と運用に掛かっていることは言うまでもない。加えて、こと刑事司法当局の立場からは、特に心に置いておくべきことが三点ある。第一に、冒頭に述べた通り、現在マネロンの前提犯罪は麻薬犯罪に限定されてはいないが、その捜査・起訴に当たり当該事案の組織性というものは、常に意識されるべきということである。前提犯罪の拡大により、麻薬犯罪以外の、必ずしも類型的に組織犯罪であるとは言えない犯罪までもが多くカバーされることとなった。しかし、個別の事案において、組織性のないものまで須らくマネロン罪に引っ掛けて処断することまでは、法の求めるところではないであろう。当局としても、リソースは無限ではない以上、犯罪組織の制圧という本来の立法趣旨に立ち返り、重点的な資源投下を行うべきだ。第二に、マネロン罪を活用するに当たっては、個別的な事案に同罪を適用するだけで満足すべきではなく、その背後にある資金構造を解明し、組織を芋づる式に摘発する努力(いわゆる「突上げ捜査」)を、より積極的に行うべきである。犯罪組織がビジネスとして反復継続的に犯罪行為を行っている以上、それを取り締まる方も、点ではなく、線、更には面へと視野を広げ、彼らに対峙してい*8) 麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(平成三年法律第九十四号))第4条く必要がある。逆に言えば、そうしなければマネロン罪導入の趣旨は全うされない。そして第三に、社会の変化に伴う新たな前提犯罪の存在に、常に敏感であるべきである。即ち、麻薬同様、高収益・組織性といった、組織犯罪の基本的な特質を満たす違法ビジネスのモデルの出現を感知し、これに対して、マネロン捜査の手法を駆使し、先手を打って対応していかねばならない。世界は常に、麻薬犯罪的な萌芽を数多く抱えている。これらの点を考える際に、マネロン罪創設の出発点であり、かつ今でも組織犯罪の中核にある麻薬犯罪との闘いの歴史に今一度思いを馳せることは、決して無駄ではない。麻薬犯罪は、これからも地下資金との闘いの、スクウェア・ワンであり続けるであろう。4.テロ組織・国家的アクターと麻薬図表4 地下資金の還流(概念図・再掲)テロ・核開発等犯罪ビジネス等合法な経済活動:資金の流れ(筆者作成)ここまで、麻薬犯罪と犯罪組織の深い関係性を見て来た。この担い手における組織性という点を突き詰めた主体として、テロ組織や国家的アクターの存在を無視する事はできない。前章で述べた通り、テロ資金規制や、特定国による核開発資金等の遮断は、広く本稿の対象とする地下資金対策に含まれるものであり、別物でありつつも、相互に重なり合う部分も大きい。犯罪収益とは、言うまでもなくそのカネの発生源に着目した定義であり、他方、テロ資金等はその使途に着目した概念である。当然、両者の定義に同時に当てはまるカネというものは、理論上存在し得るし、現実にもかなりの規模に上るものと考えられる。地下資金の還流図(図表4)で言えば、アンダーグラウンドな犯罪収益が、地下水脈のまま、又 ファイナンス 2021 Sep.47還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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