ファイナンス 2021年9月号 No.670
50/98

やや古い推計とはなるが、平成元年時点において、暴力団の年間収益1兆3,019億円の内、覚醒剤が34.8%を占め、これを、賭博・ノミ行為やみかじめ料、民事介入暴力といった非合法収益にだけ限れば、その43.3%を占めるものと見られている*6。そして、覚醒剤取締法による検挙人員数に占める暴力団構成員等の割合も一貫して高く、直近では43.5%となっている*7。つまるところ、麻薬犯罪を効果的に取り締まることは、かなりの部分において、犯罪組織自体を制圧することと重なると言って、差し支えない。このことは、マネロン罪の誕生した米国と日本で、規模感の相違こそあれ基本的には共通した社会事象である。3.当局に与えられた武器このような「組織犯罪としての麻薬犯罪」に着目し、それに対峙しようとした場合、当然、通常の形で対処するのでは足りない。つまり、その犯罪行為が組織的に行われるがゆえに、末端の実行者はいわば「使い捨て」の手足に過ぎず、彼らを個別に検挙するだけでは、組織そのものの壊滅には至らないのだ。このこともまた、米国であれ日本であれ、世界のどこでも変わることはない。そこで、当局の側には強力な武器が3つ与えられた。それが、本稿の主要テーマである(1)マネロンの犯罪化に加え、(2)コントロールド・デリバリー、そして(3)没収制度の拡充である。これらは、一連の国連条約の中で整備され、それを受ける形で我が国においても国内法化されて来た。(3)については、「ヒトからカネへ」という刑事司法政策上の視点の転換という意味において、マネロン罪創設と対をなすものであって、FATF基準にも大きな要素の一つとして取り込まれている。詳細は後の章に譲るが、犯罪に関わる収益や物品を剥奪することによって、ビジネスとしての麻薬犯罪を丸ごと壊滅させようという試みであり、運用の仕方によってはとてつもないパワフルな効果を持ち得るものである。*6) 『平成元年版 警察白書』警察庁、1997年*7) 前掲『犯罪白書』他方ここでは、FATF勧告に言及がありつつも(勧告31)、本稿の他章で触れる予定のない(2)について、簡単に説明しておきたい。コントロールド・デリバリーとは、取締機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で検挙・押収することなく、その運搬を監視・追跡し、その取引に関与している人物や組織を特定する手法で、マスコミ等は「泳がせ捜査」と呼ぶこともある。具体的には、日本に届いた貨物をX線検査したところ、覚醒剤と思われる陰影を検知したとする。例えば、実際にあった事例としては、輸入された重機のローラー部分に大量の覚醒剤が仕込まれていたのを、税関で発見したというものがある。この場合、当局としては、その場で覚醒剤を押さえても良いが、それでは流通実態の全容解明に迫れない。そこで、その流通を突き止めるために覚醒剤を泳がせて追尾を試みようと考える。その際まず検討するのは、そのブツをダミーに入れ替えるという方法である(クリーン・コントロールド・デリバリー)。禁制物品を市中に流すことのリスクに加え、そもそも法律上、本来的に税関長は、発見された禁制物品に対して、そのままの形では輸入許可を行えないからである。ダミーに入れ替えるのであれば、法的な障壁は高くない。しかし、入替えの際に、重機の切断・再溶接といった作業を施した場合、犯罪者にそれを感付かれてしまう危険性がある。そのような場合に、現物の覚醒剤が入ったままの状態で輸入許可をし、泳がせることをライブ・コントロールド・デリバリーという。もっとも、これは法の建前上、思い切った例外措置である上に、万が一にもブツが流出するといった実務上のリスクもある。従って、その対象は無制限ではなく、麻薬特例法において麻薬犯罪に限り限定的に認められて図表3 麻薬犯罪と政策対応特質・中毒性・独占性・高収益性担い手・組織化・巨大化・凶悪化政策対応・マネロン罪・コントロールド・デリバリー・没収(筆者作成)46 ファイナンス 2021 Sep.連載還流する 地下資金

元のページ  ../index.html#50

このブックを見る