ファイナンス 2021年9月号 No.670
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国際的な地下資金対策をテーマとするに当たり、まずもって、麻薬問題について触れない訳にはいかない*1。マネロン罪の対象となる犯罪収益を産む、いわば前段階の犯罪は「前提犯罪(predicate oences)」と呼ばれる。この前提犯罪は、現在では主要な犯罪類型のほぼ全てをカバーしており、麻薬関連の犯罪に限られる訳ではない。そうであるにも拘らず、少し迂遠になりつつも、麻薬問題という原点に一旦回帰してからのアプローチが有効である理由は、以下の2つである。第一に、マネロンの犯罪化自体が、実は麻薬との闘いの中から生まれて来たものであり、両者は「麻薬なくしてマネロンなし」という条件関係にあると言って過言でない程、密接な関係を有するものだからだ。国際条約においても、我が国の国際法規においても、はじめにマネロン罪が導入されたのは麻薬犯罪の文脈においてである。マネロン罪は、犯罪組織との対決のために創出された叡智であり、その中核には、このよう*1) 「麻薬」の定義は実は多義的であり、特に日本の法令との関係では注意を要するが、本稿では社会での一般的用法に従い、特段の断りがない限り、違法薬物全般を指す最広義の意味で用いる。な組織の資金源としての麻薬犯罪が、常に存在して来た。麻薬犯罪の抑止という文脈の中にマネロン対策を位置付けることで、その政策的意義を、より明瞭に浮かび上がらせることができるものと考える。第二に、全世界的に見た場合、麻薬取引はそれ自体として犯罪行為であることは言うまでもなく、その収益がテロ組織や国家的アクターによる資金獲得手段にもなっているため■米国では、税犯罪を起点とする金融捜査の手法に立脚し、中南米カルテルとの「麻薬戦争」の中でマネロン罪が創設された。麻薬犯罪の悪質性と、それに収益源を支えられた犯罪組織の巨大化・凶悪化が、今日のマネロン罪の基礎にある。■日本においても、特に覚醒剤との関係において、麻薬犯罪は暴力団を始めとした犯罪組織の伸長と軌を一にして来た。マネロン罪の効果的運用に当たっては、麻薬犯罪という、マネロン罪の出発点を、常に意識することが必要である。■麻薬と地下資金対策との関係は、犯罪組織のみならず、テロ組織や国家的アクターにまで広がる。これは、犯罪収益がテロ・核開発に係る地下資金として還流しており、これらが密接な関係に立っていることを象徴的に表すものである。要旨国際通貨基金(IMF)法務局 野田 恒平還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―パブロ・エスコバル (出典:Colombian National Police, Public domain)米国の「麻薬戦争」の中でも、エスコバルのメデジン・カルテルとの闘いは熾烈を極めたが、その過程で世界に先駆け、マネロンの犯罪化が行われた。麻薬犯罪と地下資金2本章の範囲国家間の共働・軋轢各国の制度設計・実施国際規範・基準の形成犯罪収益テロ資金核開発等資金刑事政策外交・安全保障42 ファイナンス 2021 Sep.連載還流する 地下資金

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