ファイナンス 2021年9月号 No.670
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ただいており、実に光栄なことである。さて、随分前置きが長くなってしまったが、この本の素晴らしさを述べさせていただく。中国の経済だけでなく政治や社会について悲観的な見通しを示した論評は、90年代からそれこそ山のようにある。「共産党一党独裁は長く持たないだろう」「日本のように低成長時代への突入は避けられないだろう」「貧富の格差が拡大し社会が不安定化するだろう」といった見通しは示されても、その背景や根拠については十分に示されているとは言い難い。本書では、最初に中国リスクを再定義し、その背景や根拠について、共産党結党や中華人民共和国成立に遡って、丁寧に記述されている。現代の中国とその他の国際社会との関係を難しくするような、新たな中国リスクを「ネオ・チャイナリスク」と定義し、周辺国がそうしたリスクを抱える中国(社会)とどのように付き合うべきかといった点に、その未来予想図を示しながら示唆を与えている。また、筆者の使う「ネオ」とは、中国自身の変化を受けて、まさに中国を取り巻く環境が新たなステージに入ったことを示すものである。その要因は中国自身の行き過ぎた行動や考え方に起因している部分があり、中国(人)がなぜそのような思考・行動パターンをとるのかを、筆者の幼少時代に、中国共産党や指導者層がどのような教育、社会管理を行っていたのかという実話や体験をエピソードとして紹介しながら説明している。ただし、そうした指摘は、一部の悪意に満ちた中国崩壊論や、アンチ中国を煽る風潮とは全く軌を別にするものであり、むしろ、自分の生まれ育った場所がそうした状況に陥ることを全く望んでおらず、どのような振る舞いを中国が行い、アジアの周辺国との間で尊重しあえる関係を作り出すことができるのかといった視点で書かれている。さらに、米中関係にも見られるように、中国の考えていることが海外に伝わらないことの要因として、中国人の特に当局者の「上から目線」の言説・振舞いが大きく影響しているとも述べている。中国人がこうした行動パターンをとる背景の1つとして、中国社会の競争が厳しく、自らを大きく見せる習性があると見ている。また、こうした語り口調や行動パターンを改めない限りは、海外から信頼されるリーダー的な存在になるのは難しいことも、さりげなく触れている。中国自身がこうした点に(聞く耳を持って自分から)気づかない限り、中国経済が厳しい局面に立たされてくること、また、少なくともそうした不安定な状況が20~30年間続くのではないかと筆者は示唆する。中国のこれまでの成長モデルと、今もって国内の技術基礎研究が不足している面を考え合わせると、海外への改革開放やそれを通じた交流が中国にとっても利益をもたらすものであり、今後も積極的な受け入れを続けていくことが望ましいのではないかと語る。なお、各章の冒頭で、筆者は様々な欧米や中国の先人の言葉を引用して紹介をしている。こうした先人が残した言葉が、現在の中国の情況を言い当てていることに驚きを覚えるとともに、現在に生きる我々の世代がそうした「知恵」の大切さを理解し、ネオ・チャイナに対面した時にどのような「知恵」をお互いに出し合えるのかを、筆者は読者に投げかけていると感じる。ネオ・チャイナリスクに中国自身も含め誰が気付き(正しく理解し)、対処するかによって未来は変わるのではなかろうか。また、筆者の優れた部分は、人生の大半を日本国内で過ごしながらも、中国の「オリジナル」を読み分析する力を持つ一方で、欧米の有識者とも英語で対話を重ねることができる点にある。筆者は、中国が抱える問題点を多角的に浮き彫りにすることができる非常に稀有な存在である。本書の英語版が発刊されることを強く願う。さて、冒頭で触れたランチミーティングでの柯隆さんの言葉を最後に紹介したい。私が北京で親しく付き合った中国人は10年で皆豊かになって随分穏やかになったと言ったら、「あなたが優しい人だから相手も皆優しいんですよ」と柯隆さんは笑った。そう、辛口評論家で鳴らすあなたは、言葉は辛辣でも、私たちにずっと温かい眼差しを向けてくれている。そういう方がいてくれるから、私たちはこれからも中国と中国人に真剣に向き合うのだ。(了) ファイナンス 2021 Sep.39ファイナンスライブラリーライブラリー

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