ファイナンス 2021年9月号 No.670
42/98

評者前財務総合政策研究所副所長高見 博柯 隆 著「ネオ・チャイナリスク」研究慶應義塾大学出版会 2021年5月 定価 本体2,400円+税柯隆さんは中国経済研究の第一人者であり、中国問題に関する舌鋒鋭いコメンテーターとしてご存じの方も多いと思う。去る7月21日の財務総合政策研究所主催ランチミーティングにお招きし、今後の中国リスクのなかでも最も影響の大きい米中対立と中国経済の展望を中心に、非常に濃い内容のお話をいただいた。柯隆さんのユーモアとウィットに富んだ話はとても分かりやすいので、できるだけ多くの方に話を聞いていただきたかったが、ご参加されなかった方も多いと思うので、ファイナンスの紙面をお借りしてこの本をご紹介させていただく。私が柯隆さんに初めてお会いしたのは20年以上前のことである。仕事とはいえ真剣に長い時間お話しした、初めての中国人であった。柯隆さんがなぜそんなに日本語が上手なのかすごく不思議に感じたのと、彼とペアを組んでいた相方が大柄で中国人にも見えそうな雰囲気の方で、彼らが事務室に来ると、存在感が際立っていたことを今でもよく覚えている。余談になるが、当時、中国の中央銀行である中国人民銀行東京事務所に、徐風さんというこれまた日本語がめっぽう上手な方がおられて、お二人の語学力には大変助けられた。当時はアジア通貨危機の直後であり、国際金融局(当時)では、アジア各国のマクロ経済の動向や不良債権問題、現地に進出する日系企業への影響などについて、各課室が手分けして調査していた。中国においては、国有企業が日本で発行したサムライ債の債務不履行(デフォルト)が相次いで発生し、金融機関や投資家が損失を大きく被っていた。また、それ以前から中国では朱鎔基元総理の経済改革が断行され、為替レートの一本化や税制の抜本的な改革とともに、国有商業銀行の不良債権処理にも大掛かりな政策が打たれていた。こうした中国の金融の問題については、当時は日本語や英語で入手可能な情報が限られており、また日系金融機関の現地拠点のほとんどが上海に置かれていたため、北京の政策当局や研究者に直接コンタクトするパイプも十分とは言えなかった。こうした状況で柯隆さんに白羽の矢が立った。当時の我が国にとっての中国リスクとは、もっぱら個別企業の信用リスクと、共産党内の主導権争いのような政治リスクが多くの方の念頭にあり、メディアでも取り上げられていたが、それとは少し距離を置いたところで、朱鎔基元総理の元に数多くの若手の実務家や研究者が集められ、改革開放を強力に進めるための柱となる経済政策が盛んに議論されていた。彼らは西側先進国、特に日本の事例を詳しく研究しており、中国側も我々との接点を求めていた。柯隆さんはこうした実務家や研究者にアクセスできたのである。なお、財務総研は前身の財政金融研究所の時代の1993年、いち早く「中国研究会」を立ち上げ、経済問題だけでなく、政治、外交、社会を含めて幅広く取り上げ、有力な研究者や実務家のご知見を得ながら、中国を多面的かつ深く理解しようとする試みを今日なお続けていることに触れておきたい。柯隆さんにも過去、その委員を務めていただいたことがある。話を戻すと、その後しばらく経って、2004年から北京の日本大使館で働く機会を得て以降、様々な機会に柯隆さんとご一緒させていただいた。中国の経済発展が進み、我が国だけでなく世界経済における中国の存在感が増す一方、日中は政治・安全保障の面で対立することが多くなった。それが日中間の人的交流に少なからず影を落とすようになっても、柯隆さんは財務省や金融庁、日本銀行との関係を重視され、我々が中国を理解するためのガイド役を一貫して担っている。ご自身の研究活動については、所属先が変わったり若干の変化はあるが、我々との関係を常に大切にしてい38 ファイナンス 2021 Sep.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#42

このブックを見る