ファイナンス 2021年9月号 No.670
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事態となった。これに対してビュザン連帯保健大臣は2019年6月*3、同9月*4、同11月*5と3回にわたり対応策を公表する。例えば、11月の対策は、高齢者医療の分野で働く約8万人のパラメディカルに対して月額100ユーロ(ネット)の特別手当、パリ及びその近郊で働く低所得の看護師・パラメディカルに対して年間800ユーロ(ネット)の特別手当、など3年間で15億ユーロ規模のものだったが、「月額300ユーロの報酬引上げと比較すると程遠い」との反発を招き、看護師・パラメディカルら医療従事者側は抗議・ストライキを継続した。この時期の政府側の一連の対応は、後手に回った感は否めない。(写真1) ストライキをする救急関係者(Mathias Zwick/Hans Lucas)2コロナ危機の発生2020年3月、コロナ危機がフランスにも到来するという、いわば「外生的な事由」によって、救急関係者は、一年あまりに及ぶストライキから現場に復帰した。新型コロナウイルス流行に際してのフランスの医療従事者の献身的な貢献が高く評価されて世論の後押しを得たことで、政府も主に看護師・パラメディカル*3) https://solidarites-sante.gouv.fr/actualites/presse/communiques-de-presse/article/agnes-buzyn-annonce-cinq-actions-pour-repondre-aux-difcultes-actuelles-des*4) https://solidarites-sante.gouv.fr/IMG/pdf/_urgences_dp_septembre_2019.pdf*5) https://solidarites-sante.gouv.fr/actualites/presse/communiques-de-presse/article/pacte-de-refondation-des-urgences-point-sur-l-avancee-des-mesures*6) https://www.lemonde.fr/planete/article/2020/05/16/hopital-macron-reconnait-une-erreur-dans-la-strategie-et-annonce-une-concertation-immediate_6039842_3244.html*7) 前任のビュザン大臣は、パリ市長選挙にマクロン大統領率いる共和国前進(LREM)の候補として急遽立候補するために、2020年2月16日に辞任しており、同日、その後任として着任していたのがヴェラン大臣だった(https://solidarites-sante.gouv.fr/ministere/le-ministre-la-ministre-deleguee-et-le-secretaire-d-etat/)。ちなみに、パリ市長選挙には、もともとバンジャマン・グリヴォー(Benjamin Griveaux)氏がLREMから立候補を予定していたが、本人の性的動画がインターネット上に流出した事件を受けて、候補差替えとなった経緯がある。コロナ危機のために延期されたパリ市長選挙の第二回投票は2020年6月に行われ、ビュザン氏は得票率3位で敗退した(現職であり社会党候補であるアンヌ・イダルゴ候補が勝利)。なお、もともと血液専門医であるビュザン氏は2021年の年明け以降、WHOに参画し、テドロス事務局長のもとで官房機能を統括する地位についていると報道されている(https://www.lemonde.fr/politique/article/2021/01/05/agnes-buzyn-quitte-la-politique-francaise-et-rejoint-l-oms_6065275_823448.html)。*8) 連帯保健省はSégur通りに所在している。1968年に政労使が大交渉の末、最低賃金を含む賃金全般の大幅な引上げなどを決めた歴史的な合意は、労働省が所在するGrenelle通りの名を冠してAccords de Grenelleと呼ばれている。「あの歴史的合意であるAccords de Grenelleに匹敵するくらいの合意を目指す保健(santé)版の会議」という含意を込めたのか、この会議体はSégur de la santéと呼ばれるようになった。*9) https://www.lemonde.fr/economie/article/2020/05/17/olivier-veran-promet-de-meilleurs-salaires-a-l-hopital_6039907_3234.html等の報酬に関して手をこまねいているわけにはいかない状況が生み出された。3月~5月の第一回ロックダウンの間、毎晩20時には、医療従事者の貢献をたたえるために、住人達は窓から拍手を送る、という動きが自然発生的に沸き起こるほどだった。こうした称賛のコインの表裏として、医療従事者の間にある、報酬、コロナ対応の危険性、長時間・変則勤務などへの不満は増幅しており、政権としても対応が求められた。5月15日にマクロン大統領自らパリのピティエサルペトゥリエール(Pitié-Salpêtrière)病院を訪問し、医療従事者たちとの対話の中で、「2年前に公表をした『私の保健2022』には戦略上、明らかなあやまりがあった」「時間軸と量の面で、病院が置かれている現状と比してまったく不十分な報告だった」などと述べた上で、新たなパッケージ策定の予告を行う*6。これを受けて、5月17日に、ヴェラン(Olivier Véran)連帯保健大臣*7は、Ségur de la santé*8と銘打つ医療全体会議を立ち上げることを公表した*9。(写真2)オリヴィエ・ヴェラン連帯保健大臣(フランス連帯保健省)30 ファイナンス 2021 Sep.SPOT

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