ファイナンス 2021年9月号 No.670
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える際に、たいへん貴重な経験となったと思う*16。(4)財務省と沖縄大蔵省・財務省では、沖縄返還にかかる、いわゆる「財務密約」が何度も話題になったことがある*17。また、大学時代、国際法ゼミにいたこともあるので、若泉敬著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(1994年5月)、船橋洋一著『同盟漂流』(1997年11月)、我部政明著『沖縄返還とは何だったのか』(2000年6月)を読んだことが記憶に残る*18。また、理財局資金第二課で1999年から2001年にかけて財政投融資計画の編成の仕事をしていた際、地域振興整備公団(現UR)を担当し、当時、整備が進んでいた那覇新都心のプロジェクトを知る機会があった。新都心に官公庁やメディアを集積させるという試みは、残念ながら中途半端なものに留まった。2014年7月から1年間の大臣官房地方課長の際には、地方支分部局訪問の一環で沖縄総合事務局、宮古支所、八重山支所をそれぞれ訪問した。特に宮古地域で、開通間近の伊良部大橋を見たことは記憶に新しい。大蔵省と沖縄の縁のうち重要なものとしては、渋沢敬三のことが思い浮かぶ。今年のNHK大河ドラマの主人公は渋沢栄一で、彼も大蔵省に在籍したことがある明治の偉人だが、その孫である渋沢敬三は、日銀総裁・大蔵大臣経験者であり、南方同胞援護会初代会長であった*19。民俗学者としての側面もあり、大正末期に台湾から鹿児島までの船旅で接した沖縄の状況については、「南島見聞録」に記述されている。また、戦後、屋良朝苗らの依頼で、壊滅的な被害を受けた沖縄の校舎を復興させるための戦災校舎復興後援会の会長を引き受け、寄付集めに尽力した。*16) ユヌス氏の信念は、「貧困こそが人類のあらゆる努力を汚し、侮辱するもの」「貧しくても人は自助努力をし、責任感を持って行動する」というものである。『ムハマド・ユヌス自伝』(原題:Banker to the Poor 1998)参照。一方、速水氏は、開発経済学において、市場の働き、政府の政策、共同体の人間関係の3つが経済発展において相互にどのような補完関係をもち得るかを、アジア農村社会での経験に照らしつつ追究した。速水氏は当時の受賞記念のシンポジウム(2001年9月14日開催)において、「競争のない社会では、共同体がモラルの低下や談合といった腐敗の源泉になる」と述べ、市場・国家・共同体がバランスよく相互の役割分担を果たす大切さを強調した。また、「共同体中心の協調から、新しい協力関係が含まれた競争メカニズムに軸足を移し、それをうまくデザインできるか否かが日本の将来を決定するだろう」と述べた。 参照:第12回福岡アジア文化賞報告書 https://fukuoka-prize.org/libraries/report-detail/6cb18c34-f1d9-4db7-9222-9985881fec5e*17) 大蔵省と沖縄返還に関しては、「昭和財政史―昭和27~48年度 第11巻 国際金融・対外関係事項(1)」(1999年)第5章沖縄返還が詳しい。*18) 近刊の『評伝 福田赳夫』(五旗頭真 監修 岩波書店 2021年6月)で、 「財政密約は沖縄の早期返還を実現するための代償であった。これらは在沖米軍基地の機能維持に関わる問題であり、当時の反基地・反核の強い世論のなかで国民的コンセンサスを形成することは困難であったといえよう。 福田は、佐藤政権の悲願である沖縄返還を実現するために、アメリカ側の理不尽な要求を受け入れざるを得なかった。『柏木―ジューリック了解覚書』は、福田の承認を得て作成されたものであり、そのことがもし明るみになれば、佐藤首相の後継と目されていた福田の政治生命にも影響しかねない問題であった。それゆえ、大蔵省はこの覚書の存在を徹底して秘匿したのである」(312頁)とあるのが目を引いた。*19) この点については、元沖縄県副知事上原良幸氏((公財)沖縄協会副会長)にご教示いただいた。上原氏による「渋沢敬三を知っていますか」(沖縄協会だよりNo.6 2017.9)を参照。http://www.okinawakyoukai.jp/publics/index/54/*20) 映画「ペンギン夫婦の作りかた」(平林克理監督 2012年)参照。*21) 沖縄県公報平成30年10月31日号外第43号参照。https://www.pref.okinawa.lg.jp/kenkouhou/H30/10gatsu/181031gogai43.pdf(5)その他筆者は高校生の頃から、国民のために、国民自身の手で、大切な自然環境という資産を寄付や買い取りなどで入手し、守っていくという、ナショナルトラスト運動に関心を持ってきた。新婚旅行ではナショナルトラスト活動の発祥の地である英国湖水地方を訪れたこともある。あまりにも豊かな自然環境に恵まれているためか、沖縄でのナショナルトラスト運動は、正直、低調と言ってもよいと思う。しかし、たまたま、公益社団法人日本ナショナル・トラスト協会の団体賛助会員の中に、沖縄県では唯一、有限会社ペンギン食堂(沖縄県石垣市)があることを知り、2017年秋、沖縄振興開発金融公庫が地域の経済界と年に1回開催する「チバリヨー懇談会」の際に、ペンギン食堂*20のオーナーである辺ペン銀ギン暁峰さん・愛理さんご夫婦に面会させていただいたことがある。愛理さんが米国に留学した際に、ホームステイ先の英国人宅でナショナルトラストの重要性を聞いたことがきっかけという話であった。3県民投票の裏で「はじめに」で触れたように、この5年間、経済的には大変な激動が沖縄経済を襲った。ここでは、政治的な動きではあるが、いわゆる県民投票の手続きについて感じたことを記しておきたい。県民投票を行うには、実際には基礎的自治体で投票事務を担ってもらわないとできない。そのため、県民投票条例(辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例)*21は、その第13条で事務処理の特例を規定し、「‥知事の事務のうち、投票資格者名簿の調製、投票及び開票の実施その他の規則で定めるものは、地方自 ファイナンス 2021 Sep.23「沖縄振興の5年間」雑感SPOT

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