ファイナンス 2021年8月号 No.669
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今日本では、トヨタや日立、パナソニックといったG型産業が占めるGDPの割合が30%くらいしかありません。70%は飲食、観光、物流、不動産、建設、農林水産業、医療介護といったL型産業です。今後、L型産業の比率がどんどん高まり、先進国ではグローバル化が進むほどG型産業が空洞化していきますので、これからの日本経済を考えるときに、ローカル経済圏、L型産業をしっかりやる必要があります。今後、デジタル革命は主戦場がさらに広がり、変化していきます。従来はVirtual×Casualだったものが、よりReal× Seriousに、すなわち、自動運転や物流の自動化・AI化、医療介護のリモート化などです。これらの分野では、元来、日本企業が得意な「コツコツと改善・改良を重ねること」が大切ですので日本にとってはいいニュースですが、従来のスタイルのままで良いのかというとそうではありません。結局野球に戻るのではなく、新種目が生まれます。したがって、今や決定的となりつつある日本企業の組織能力・組織構造の重大な欠陥を是正し、特にサイバー空間でビジネスを発想して動かす空中戦力を補強してマネジメントしていく経営能力を持つ必要があります。7.既存企業の衰退は必然的か昨年亡くなられたハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が、1997年に『イノベーションのジレンマ』という名著を書いておられます。覇者となったかつてのイノベーターが新しい会社に滅ぼされてしまうことには、ある意味必然性がある、ということが書かれた本です。これに対して、既存事業を磨きこみ、イノベーションが生み出す新しいビジネスやサービスモデルを上手に立ち上げながら乗り換えていく会社も歴史の中に数多くあります。その鍵について書かれた本が、米国で2016年に出版された『両利きの経営』です。私はこの本の執筆過程で著者のオライリー教授からヒアリングを受けたときに、とても大切なことが書いてあると思ったので、早稲田大学の入山章栄教授と一緒に日本での出版のために奔走してようやく出版にこぎつけました。この本は2020年度のビジネス書大賞特別賞を受賞しています。8. 衰退するか否かの分かれ目は リーダーシップ『両利きの経営』には、どの産業でも実際は破壊される企業と破壊されない企業に分かれる、と書かれています。フィルムでいえば、コダックは破壊されましたが富士フィルムやコニカミノルタは生き残った、ブロックバスターはNetflixというイノベーターに破壊されましたがUSAトゥデイは生き残った。通信関係では、日本の電機メーカーのAV・通信事業群は破壊され、ノキアは交換機メーカーとして世界で唯一Hauweiに対抗できる会社として生き残りました。パッケージソフトメーカーの会社だったマイクロソフトは、大多数のパッケージソフトメーカーと異なり、立派に変容して成長しています。結局は経営力の問題なのです。9. 「両利きの経営」: 進化と探索の2つの軸「両利きの経営」を図式化すると、横軸で今ある事業を深化させていくとともに、縦軸で新しい事業を探索し、この2つのバランスをとりながら45度線に上がっていくということが、破壊的イノベーションの時代の経営の鍵になります。この議論をすると、「縦軸(新しい事業の探索)が難しい」という声をよく聞きますが、「創造」ではなく「探索」です。「イノベーション」とは元々は「新結合」で、著名な経済学者のヨーゼフ・シュンペーターがこの言葉を人口に膾炙するようにしましたが、彼は、既存のものの結合、掛け算で新しいものが生まれ、それがむしろ人類を進化させてきたということを提唱しました。イノベーションは本質的にオープンイノベーションです。日本ではイノベーションを「技術革新」と訳してしまったため、イノベーションというと「ゼロから何か新しいものを創造しなければいけない」と思われがちですが、そんな必要はありません。例えばGoogleについて言うなら、彼らの検索エンジンはスタンフォード大学が開発した技術の特許を取って使用したのがはじまりですし、プラットフォーマーというビジネスモデルを最初にやったのはアメリ64 ファイナンス 2021 Aug.連載セミナー

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