ファイナンス 2021年8月号 No.669
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3. 平成30年間に進んだ破壊的 イノベーション平成の30年間、破壊的なイノベーションがずっと続いてきました。トリガーとなったのはグローバリゼーションです。ベルリンの壁が崩壊して以降、市場経済圏の全世界化とデジタル革命の進展の結果として、残念ながら日本の企業は世界時価総額ランキングの上位から姿を消すことになってしまいました。平成元年(1989年)の世界時価総額ランキングでは、トップテンに日本企業7社が名を連ねていましたが、平成最後の年(2018年)には日本企業は1社も名前がありませんでした。ただ、古くて大きな会社が苦戦したのは日本企業固有の問題ではありません。かつて、世界時価総額ランキングの上位は、米国や欧州の伝統的な組立型製造業の企業が占めていました。それだけこの30年間に、世界で劇的な変化があったということです。バブル崩壊直前、昭和の終わり頃は、まさにエズラ・F・ヴォーゲル氏の著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のとおりで、日本企業が世界時価総額ランキングのトップを占め、フォーチュン・グローバル500(フォーチュン誌が毎年発表している、世界中の会社を対象とした総収益ランキング)の国別構成でも日本企業が3分の1を占めていましたが、最近は日本企業の割合が大きく減少しています。この30年間で、日本企業は時価総額だけでなく売り上げも失いました。日本は、明治時代から始まった欧米先進国の工業化先行モデルを追いかけるキャッチアップ型の日本型競争モデルで世界に勝ってきました。初めは安い人件費を武器に、その後は連続的に改良・改善を重ね、「TQC」(Total Quality Control)や「カイゼン活動」、「ジャストインタイム」など日本人が得意とする集団的オペレーショナル・エクセレンスで勝ってきたというのが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」です。しかし、このモデルが劇的に成功してしまったがゆえに多くの企業がこのモデルを採用し、社会全体の仕組みも、徐々にこの日本型競争モデルに合わせていった結果、破壊的イノベーションの時代に日本型競争モデルの耐用期限が切れてしまっても、日本はなかなかそこから抜け出せなくなっています。4.DXの本当の怖さグロ-バル化により直面した後門の狼は、日本よりもはるかに安い賃金で日本と同じようなことをするプレーヤーが中国、台湾、東欧から出てきたことです。これに加えて、前門の虎はデジタル革命です。デジタル革命の第一期は、1980年代にコンピューター産業で起きたダウンサイジングと水平分業という革命的変化です。第二期は、1990年代に一般消費者を対象にビジネスを行う音響・通信機器のエレクトロニクス産業でインターネット・モバイル革命が起こりました。デジタル革命が及んだ多くの領域においては、産業構造が変わってしまいます。どういう変化かというと、ゲーム内競争ではなく、ゲーム自体を変える戦いが始まります。1980年代には、IBMが新規事業として始めた小さなパソコン事業の下請会社だったマイクロソフトとインテルに、IBM自体が潰されそうになる事態が起きました。インターネット・モバイル革命で伸びたのはGAFAでした。私は1992年にスタンフォード大学から日本に戻り、規制緩和で始まったデジタル方式の携帯電話会社である「デジタルツーカーグループ」(ソフトバンクモバイルの前身)の立ち上げに5年間携わりました。当時、大量の端末機や交換機などは富士通やNEC、松下通信工業から購入していましたし、世界ではMotorolaやLucentに勢いがありましたが、今では、この当時存在していなかったAmazonやFacebookがメガプラットフォーマーになっています。Appleは1992年当時潰れかかっていましたが、大復活を遂げて世界時価総額ランキング第一位の企業になりました。プロ野球全体がプロサッカーに席巻されてしまうような戦いが始まってしまった時に、残念ながら日本の会社は対応できなかったのです。コロナ禍でDXが加速し、その結果、より幅広い産業で破壊的な変容が起こる可能性があります。62 ファイナンス 2021 Aug.連載セミナー

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