ファイナンス 2021年8月号 No.669
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作ることが可能になります。例えば、30年のスワップレートが1%の時、0.5%を権利行使価格とするレシーバーズ・スワップションを買っておきます。その後、仮に金利が0.5%以下に低下した場合、このスワップションを権利行使するメリットが生命保険会社に生まれます*26。具体的には、市場で取引されているスワップ金利が1%であれば、金利スワップを受ける(0.5%の固定金利を受けて変動金利を払う)オプションを権利行使するメリットはありませんが、金利が低くなり、例えば市場で取引されているレートが0.4%であれば、(相対的に高いレートである)0.5%を受ける(レシーブする)オプションを行使するメリットが生まれます。金利スワップを受けることは、債券をロングすることと類似した取引でしたから、アウト・オブ・ザマネーのスワップションを保有しておくことで、金利が低下した場合、債券ロング・ポジションを作ることで金利リスクを増やし、コンベクシティによって増加した保険負債のデュレーションに対応することができます。5.2  ALMの観点でみた保険負債が有する金利リスクのヘッジまた、保険負債の特性により発生する金利リスクについても、スワップションを用いたヘッジがなされています。例えば、生命保険会社の負債は一部の終身保険など契約時に運用利回りが約束されている商品がありますが、仮に契約後に金利が上がった場合、契約者からすれば他の金融商品の魅力が相対的に増すことになります。このことは金利上昇により、契約者が途中で他の金融商品に乗り換えるインセンティブを有するという意味で、既存の保険商品の解約をする可能性を有しています。生命保険会社のバランス・シートという観点でみると、金利が上がった場合、契約者が解約することを通じて、保険負債の持つ金利リスク量が減少する可能性がある構造を生命保険会社は有している*26) ヘッジ効果を得るためにはスワップションの満期をある程度長く設定する必要があるのですが、満期を長くするとスワップションの流動性が落ちるというトレードオフがあります。また、ここでは行使価格を0.5%とした例をあげましたが、行使価格をどこに置くかなど、実務的には難しい点があります。*27) 保険料を契約時にまとめて一回で支払う終身保険を指します。*28) デルタ(DV01)とデュレーションの違いは服部(2020f)を参照してください。*29) 一時払終身保険の場合、生命保険会社の有するデュレーションや購入する家計の年齢等に依存して、生命保険会社のバランスシートにおけるデュレーションへのインパクトが異なる点に注意が必要です。一時払終身保険は退職金の運用など高齢者による加入も少なくないため、デュレーションへのインパクトはそれほど大きくないという意見もあります。*30) 例えば、20年のスワップレートが1%の時、1.5%を権利行使価格とするペイヤーズ・スワップションを買っておきます。例えば、その後、実際に金利が1.5%以上に上昇した場合、このスワップションを権利行使するメリットが生命保険会社に生まれます。具体的には、市場で取引されるスワップ金利が1%であれば、1.5%の金利スワップを払う(1.5%の金利を払って変動金利を受け取る)オプションを権利行使するメリットはありませんが、市場で取引されるスワップ金利が1.6%であれば、(相対的に低いレートである)1.5%を払う(ペイする)オプションを行使するメリットが生まれます。スワップを払うことは、債券をショートすることと類似した取引でしたから、金利が上昇した場合、債券ショートのポジションを作り、金利リスク量を削減するポジションを作ることができます。とみることができます。例えば、2010年以降、生命保険会社は一時払終身保険*27の販売を加速させましたが、生命保険会社からみると、一時払終身保険は金利が大きく上昇すると保険の加入者が解約するリスクがありますから、金利が上昇することにより、急に負債サイドのリスク量が低下する可能性を有します(このことをコンベクシティ・リスクということもありますが、ここでは金利リスク量(デルタやDV01*28)が金利に依存している点に注意してください*29)。実際、一時払終身保険の販売が増えたことにより、生命保険会社が有する負債サイドにおける金利リスク量が金利水準に依存する構造が増え、このリスク管理の対応が当時話題になりました。もちろん、負債サイドの金利リスク量が低下した際、ALMの観点では、保有している超長期債を売却することで金利リスク量を削減することが一案ですが、スワップションを用いることで金利が上昇したときに、資産サイドの金利リスク量(デルタやDV01)を低下させるポジションを作ることができます。前述のとおり、生命保険会社にとって一時払終身保険は金利が上昇すると保険の加入者が解約するリスクがありますが、アウト・オブ・ザ・マネーのペイヤーズ・スワップションを購入することで、一時払終身保険を販売することにより、金利リスク量が金利水準に依存するリスクをヘッジできるわけです*30。 ファイナンス 2021 Aug.57シリーズ 日本経済を考える 115連載日本経済を 考える

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