ファイナンス 2021年8月号 No.669
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証拠金規制における証拠金の算出でスワップションのIVが用いられています。また、金融規制では内部モデルを用いることも許容されており、IVに基づいたリスク量や感応度が用いられるケースもあります*21。5.生命保険会社のヘッジの事例*22ここでは実際に金融機関がスワップションを使ってどのように金利リスクをヘッジしているかのイメージを掴むため、生命保険会社の事例を取り上げます。生命保険会社はAsset Liability Management(ALM)を強化する中で、スワップションを用いて金利リスク管理するケースが増えています。まずは規制の観点でどのようにスワップションを活用しているかを取り上げた後、一時払終身保険のヘッジの事例を考えていきます。5.1  経済価値ベースのソルベンシー規制に伴うリスク管理強化の必要性服部(2020f)で説明しましたが、生命保険会社はビジネスの特性上、年限が長い負債を抱えており、そのデュレーション・ギャップを埋めるようALMを実施しています。生命保険会社は2000年以降、資産と負債のデュレーションのマッチングを進めてきましたが、近年、生命保険会社は規制対応という観点でもALMを強化しています。特に、生命保険会社には経済価値ベースのソルベンシー規制が導入される予定であり、今後より一層ALMの強化が必要とされています。経済価値ベースの資本規制とは資産および負債を経済価値*23で評価し、その差額を経済価値ベースの自己資本とする考え方であり、経済価値ベースのソルベンシー比率(Economic Solvency Ratio, ESR)に対して規制がなされます。住友生命は平成31年3月8日における「国の債務管理の在り方に関する懇談会」で、「生命保険会社の負債の大部分は、残存期間が非常に長い保険契約準備金であり、この保険契約準備金*21) ボラティリティに依存する商品を持っている金融機関はリスク管理におけるリスク・ファクターとしてスワップションのIVを用いているケースは少なくありません。*22) 本節については森本祐司氏からコメントを頂戴しました。記して感謝申し上げます。*23) 経済価値ベースとは、時価など市場価格に整合的な手法で評価することを指します。*24) 例えば、2016年の前半などは20年国債の金利がマイナスになるなど、大幅に金利が低下する局面があり、生命保険会社のコンベクシティ・リスクの拡大が話題になりました。*25) 権利行使価格が(市場環境より)大幅に低い金利に設定されたスワップションは、現在行使しても利益が出ないという意味で、アウト・オブ・ザ・マネーといえますが、大幅な金利低下はあまり起こらないため、保険料であるプレミアムは低く、オプションを保有するコストを抑えることができます。に対して超長期国債等の買入れによるALMを進めてきたものの、依然として資産と負債の年限および金額のミスマッチ(=金利リスク)が残っている」としており、「金利リスクは生命保険会社の主要なリスクであり、安定的で良好なESRの確保には金利リスクを抑制していく必要がある」としています。このように現存する資産と負債の年限および金額のミスマッチに対して40年国債など超長期債への投資や金利スワップをレシーブすることで資産サイドのデュレーションを伸ばすことが考えられますが、日本の生命保険会社はレシーバーズ・スワップションを購入することでも対応しています。特に、レシーバーズ・スワップションを購入することで、生命保険会社はコンベクシティ・リスクをヘッジすることが可能になります。日本の生命保険会社のように資産サイドより負債サイドのデュレーションの方が長い場合、コンベクシティは資産より負債の方が大きいといえます。また、保険負債は、そのキャッシュ・フローの特性上、同じデュレーションの債券やプレーンなスワップよりも大きなコンベクシティを持つために、コンベクシティ・ヘッジという論点がより強くなる傾向があります(これら詳細は服部(2020g)やBOX 1を参照してください)。したがって、金利が大幅に低下することでコンベクシティを通じたデュレーションの増加は負債サイドの方が資産サイドより大きくなり、その意味で、生命保険会社は金利が低下した場合、ミスマッチを解消するため、資産サイドの金利リスクを増やす必要があります。日本の円金利はこれまで非常に低くなったことがありますが、コンベクシティを通じて資産と負債のミスマッチが拡大したことが話題になりました*24。そのような中、例えばアウト・オブ・ザ・マネーの(超長期金利を原資産とした)レシーバーズ・スワップション(コール・オプション)を購入すればオプション料を抑えながら*25、仮に金利が大幅に低下した場合、年限の長い金利スワップをレシーブするポジション(資産サイドのデュレーションを伸ばすポジション)を56 ファイナンス 2021 Aug.連載日本経済を 考える

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