ファイナンス 2021年8月号 No.669
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す*18。伝統的な金融政策を考える場合、中央銀行が操作する金利は短期金利ですから、投資家が短期金利にどういう期待形成をしているかを把握することは非常に重要です。過去のデータから標準偏差を算出してリスク量を把握する場合(これを「ヒストリカル・ボラティリティ」といいます)、あくまで過去の動きに立脚してリスク量を測るところ、オプションの価格は投資家の将来の予測を含むという意味で「フォワード・ルッキングな変数」ですから、スワップションの価格の情報をつかえば、これまでに経験したことがない新しいイベントに対して、投資家がどういう予測をしているかを把握できます。長野・大岡・馬場(2006)では満期1か月2年物スワップションのIVを参照して、当時の量的緩和解除前後の解釈をしていますが、「7月の政策金利引上げ以降は、利上げペースが緩やかになるとの見方が強まり、ボラティリティも低下基調を辿った」とコメントしています。スワップションのIVは国債の入札の分析でも用いられます。特に、スワップションの情報を使えば、先物がとらえる7年以外の年限に関する情報が得られます。入札前に投資家がリスクを感じていると、その保険であるスワップションが買われ*19、それがスワップションの価格に影響を与えるため、IVを通じて投資家の入札に対する意見が把握できます。例えば、かつての30年債の入札についてBloombergの報道では、金融機関のアナリストが「30年スワップションのインプライド・ボラティリティも低水準となっている中、先行きそれなりの頻度で日銀オペが見込まれることから入札を楽観的にみることもできる」*20という見方を提示しています。スワップションのIVを用いた典型的な市場分析の例は、IVとヒストリカル・ボラティリティを比較するものです。図4はスワップションから算出されたIVと過去1か月のスワップレートの変化に基づき標準偏差を計算し年率化したもの(ヒストリカル・ボラティリティ)を比較した図です。両者は短期的には乖*18) スワップションは外国人投資家に取引される傾向があるため、外国人投資家の投資行動とともに解説されることが少なくありません。日本銀行「金融市場レポート」(2010年7月)では、国債市場を説明するうえで、スワップションのIVの動きを議論しています。日銀では「デリバティブ市場では、2009年下期から2010年初にかけ、外国人投資家の間で、長期的な日本の財政悪化を見込んだ、スワップション等でのポジション構築の動きが活発化した」(p.35)とコメントしています。*19) ここでは、日本国債とスワップ金利の間に高い相関を想定しています。もっとも、スワップ・スプレッドの変化があるとおり、両者の相関が崩れる可能性があります。スワップ・スプレッドについては服部(2020e)を参照してください。*20) 「弱くなるリスクも相応にみておくべきだろう、30年入札」(2016/10/11, Bloomberg)を参照してください。離するものの、おおむね似た動きをしていることがわかります。この特性を利用して投資家はボラティリティの予測や運用戦略を練る傾向にあります。例えば、ペデルセン(2017)では「インプライド・ボラティリティと、自身が予測する実現ボラティリティを比較し、インプライド・ボラティリティが低ければ、デリバティブを買うとともに現物債や債券先物、スワップを用いて金利リスクをヘッジする」(p.367)と指摘しています。図4  インプライド・ボラティリティおよびインプライド・ボラティリティの比較インプライド・ボラティリティヒストリカル・ボラティリティ090807060504030201011121314151617181920(bps)(注)ヒストリカル・ボラティリティは金利スワップレートから差分系列を作り、過去20営業日をベースに標準偏差を計算し年率化しています。10年の円金利スワップとそれを原資産とするスワップション(満期1か月)のIVに基づいています。(出所)Bloomberg1004.3 金融規制やリスク管理で用いられる事例前節では生命保険会社のリスク管理の事例を上げましたが、スワップションのIVは政府による金融規制で使われることもあります。実は、金融機関のリスク管理や金融規制上のリスク量は過去の価格や金利の動きをベースにしたボラティリティ(ヒストリカル・ボラティリティ)に基づく傾向があります。例えば、バリュー・アット・リスクなどはまさにヒストリカル・ボラティリティということができます。前述のとおり、スワップション市場の流動性の問題点を指摘されることもあり、国際的に整合性が求められる規制においてヒストリカル・ボラティリティを使うことの合理性はあります。もっとも、スワップションのIVが金融規制の観点で用いられることもあります。例えば、非清算取引の ファイナンス 2021 Aug.55シリーズ 日本経済を考える 115連載日本経済を 考える

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