ファイナンス 2021年8月号 No.669
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についてもデータが取得できるため、投資家が短期ではなく、長期的にどのような予想をしているかを把握することができます。また、様々な満期のスワップションのデータを用いれば、nか月(年)後に1年金利のリスク量がどうなっているか、という予想の期間構造の分析ができます。さらに、先物オプションの場合、オプションの満期日が特定の日付に設定されているために、取引日の違いや時間の経過によって、満期日までの期間が変化することになります。そのため、時系列でそのオプションのIVを見た場合、その推移にはオプションの期間が短くなることの影響を受けることになります*14。しかし、スワップションであれば、それぞれの取引について、取引日から満期日までの期間を決めて取引しているため、例えば、1か月後に満期を迎える10年スワップのオプションの価格データを時点時点で継続して得られますから、先物オプションのように徐々に満期が短くなることの影響を排除してIVを捉えることが可能になります。これは実際にデータを用いた分析を行う場合、非常に良い特性といえます。もっとも、「日本国債先物入門」で強調したとおり、先物を標準化させることの背景には、流動性を高めることが企図されています。先物オプションの場合、満期日が特定化されており、一つ一つのオプションにたくさんの投資家の取引が集まりやすいという先物が有する望ましい性質がある点も看過できません。そのため、7年周辺の金利のボラティリティにかかる投資家の(1か月未満といった)短期の予想を見たい場合は、日本国債先物オプションのIVやそれに紐づいた日本国債VIXを用いた方が望ましいといえましょう。3.2 スワップション市場の規模・流動性スワップション市場について常に付きまとう問題は流動性です。特に円金利のスワップションについては長く流動性が低いという問題が指摘されています。例えば、多くの投資家が取引した結果、あるプライスがついているとすれば、そこには多くの投資家の意見が集約されており、それは実務家や政策担当者が知りた*14) 日本国債VIXでは満期が1か月未満である第一限月と、満期が1か月以上2か月未満の第二限月のオプションの価格を用いて線形補間をすることでちょうど1か月のボラティリティを計算しています。日本国債VIXについては服部(2020c)を参照してください。*15) 図2では銀行の取引が多いですが、例えば銀行は仕組預金を取り扱っており、そのヘッジなどでスワップションが用いられています。い変数になります。一方、ほとんどの取引がなく、例えば、数名のトレーダーの意見のみが反映されているのであれば、そのプライスは一部の意見にすぎないということになりかねません。現実的には、日本国債先物オプションと比較してこれまでみてきたような様々な良い性質をスワップションは持っている以上、スワップションのデータを用いた分析をせざるをないのですが、円金利のスワップションについては流動性が常に論点になることを認識しておくことは大切です。筆者による一連の研究(Hattori 2017, 2021)では実際の金利スワップの動きを予測できるかという観点で、スワップションのプライスにどの程度投資家の意見が含まれているかを検証しています。筆者が見出したことは、米ドル金利などに比べ、円金利のスワップションのIVは、実際のスワップレートの変動を予測できる度合いが小さい点です。このことは円金利のスワップションのプライスに多くの投資家の意見が反映されていないことの証拠と解釈することができます。また、筆者の研究の中で、スワップションの有する情報が流動性と関係性を持っている点も議論しています。実際、円金利ではかつてスワップションを担当するトレーダーがスワップションに関して不正を働いており事件になったことがありますが、そもそも構造的に流動性が低く、適切なマーケット・プライスが観察しづらいマーケットであったこともその背景にはあるのかもしれません。もっとも、スワップション市場が金利デリバティブ市場で小さいかというとそうではありません。図2は金融庁が公表している金利関係取引の残高です。この図をみると、固定と変動金利を交換するスワップは3,000兆円である中、スワップションは140兆円に相当します*15。スワップションは「固定と変動」あるいは「変動と変動」を交換する金利スワップに次いで大きく、OISより残高が大きいことがわかります。また、140兆円という金額そのものは、確かに金利スワップよりは小さいとはいえ、他の市場と比べると巨大なマーケットとみることができることも事実です。なお、先物オプションは先物の持っている性質から ファイナンス 2021 Aug.53シリーズ 日本経済を考える 115連載日本経済を 考える

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