ファイナンス 2021年8月号 No.669
56/84

合、権利行使価格がAt The Money(ATM)を想定するケースが多いですが、この場合、権利行使価格がフォワード・レートで定義されます(フォワードであることを明示するため、At The Money Forward(ATMF)と記載することもあります)*10。例えば、満期1か月の10年のペイヤーズ・スワップションの場合、現在のイールドカーブを前提とした1か月後の10年金利(フォワード・レート)が1%であれば、そのフォワード・レートと権利行使価格が一致する点をATMとして定義するということです*11。ペイヤーズ・スワップションの場合、フォワード・レートより権利行使価格が低い(スワップレートが高い)オプションはイン・ザ・マネー、権利行使価格が高い(スワップレートが低い)オプションをアウト・オブ・ザ・マネーといいます。現物決済と現金決済スワップションの決済については、現物決済(physical settlement)と現金決済(cash settlement)があります。例えば、レシーバーズ(ペイヤーズ)・スワップションを権利行使した場合、オプションの買い手は金利スワップを受ける(払う)ポジションが生まれます。現金決済の場合、行使時点の時価をベースに差金決済をするという方式です。投資家は現物決済と現金決済を選択することができます。近年はカウンター・パーティ・リスクを減らすという観点から海外通貨のスワップションについては現金決済が増えているという意見もあります*12。3.スワップションの特徴*133.1 国債先物オプションとの違い前述のとおり、オプションの価格を使う有益な点は、投資家が将来のリスクをどのように捉えているかを定量的に把握できる点です。例えば、新しい政策を政府が検討している場合、その政策がもたらしうる市*10) 日本国債現物オプションの場合、スポット価格=権利行使価格をATMということもありますが、日本国債現物オプションの場合、満期までの期間が短いことなどが一因です。ちなみに、株式については権利行使価格をスポット価格とするオプションをATMと呼ぶことが一般的であり、金融商品によって定義が異なる点に注意が必要です(株式の場合、フォワードを計算するうえで不確実性を含む配当が関係することがその一因です)。*11) 現時点で1か月後のスワップレートを先渡取引で決めることができることを考えれば、フォワードでATMを定義することは自然といえます。*12) 現金決済であれば、オプション満期時点以降にカウンター・パーティ・リスクは発生しない一方、現物決済では満期時点で金利スワップの受払が発生するため、そのスワップの終了期間までのカウンター・パーティ・リスクにさらされるといえます。また、カウンター・パーティ・リスクを回避するため、オプションのプレミアムの支払いを満期日の後にすることも少なくありません。*13) 本節については大石凌平氏(日本銀行)からコメントをもらいました。記して感謝申し上げます。場リスクという観点で投資家がどのような意見を持っているかを政策担当者が知りたいケースがあります。このような場合、オプションの価格から算出されたボラティリティ(IV)をみることが一案です。もちろん株式のIVに立脚した恐怖指数(VIX)を見ることも一案ですが、スワップションを用いた場合、投資家が考えている金利リスクを把握することができます。金利に関するオプションはスワップション以外にも様々あるため、読者がまず認識すべき点はスワップションでは特にどのようなリスクを把握できるか、という点でしょう。重要な点は国債先物オプションとの違いです。国債先物オプションとの主な違いは、主に(1)原資産となる金利の期間について様々な年限のデータがとれるということに加え、(2)先物のように満期が特定日に定まっているのではなく、満期までの期間を任意に決めて取引している特性です。(1)については、スワップションであれば、1年スワップを原資産とするオプションのように短い年限から30年スワップのオプションのような長い年限まで取引がなされているため、そこから得られるIVをみれば、投資家が各年限の金利リスクをどう見ているかのデータが得られます。服部(2020a)で説明しましたが、日本の場合、国債先物は長期国債先物しか取引されておらず、国債先物オプションも長期国債先物を原資産としています。その一方、例えば、金融政策に係る場面では、伝統的な政策金利が短期金利と紐づいていますから、短期金利の金利リスク量に対して投資家がどのように考えているかを知りたい場面があります。このように、様々な年限のリスクを捉えるうえで、スワップションから算出されたIVは有益です。また、(2)については、先物オプションの場合、上場させるため限月という形で満期日の標準化がなされています。特に、国債先物オプションの場合、1か月など満期が短いオプションに流動性があるため、投資家の短期の予測に適しているといえます。一方、スワップションの場合、満期が1年以上先のオプション52 ファイナンス 2021 Aug.連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#56

このブックを見る