ファイナンス 2021年8月号 No.669
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なお、全編を通じての通奏低音となっているのは、この分野での国際的議論をリードして来た米国と、時にそれと協調し、時にそのユニラテラリズムと衝突してきた欧州の相克である。地下資金対策の幹となる部分は、「米国の国内法制の国際化」として発展して来た。現在の地下資金対策の政策的趣旨及びその態様を学ぶことは、かなりの部分において、米国のそれを知ることと重なる。同時に、この米国の強力な牽引力を前に、欧州がどのように組して来たかは、地政学的観点からも非常に興味深いテーマである。筆者は、2020年の7月まで、財務省国際局に新設された資金移転対策室において、FATFの我が国への審査対応を担当し、その後、同じく地下資金対策の担当としてIMF(国際通貨基金)に赴任した。その意味では、立場を変えつつこの領域に継続して関わって来た訳だが、最近になってようやくこの世界の全貌が掴めて来た、というのが率直な所感である。それ程までにこの世界は幅が広く、扱っている内容は多岐に亘っており、民間事業者のみならず政府内部でも、地下資金対策の全体像を把握している者は一握りではないかと思われる。このような広漠たる政策領域において、国際機関や他国政府は勿論、筆者が政府職員としてこれまで携わって来たどのポジションよりも、多くの省庁及び民間セクターと仕事をさせて頂いた。これらの中には、例えば公安調査庁や麻薬取締部といったインテリジェンス・捜査機関や、不動産・貴金属業界等、通常であれば、財務省に就職した人間としては余り関わる機会がないであろう組織・業態も含まれている。現在進行形ではあるが、そのような貴重な経験ができたことは非常に有難いと感じており、であればこそ、そこで得た拙い知見の一端を読者にお伝えできればと願う次第である。*2) Final Report of the Task Force on Informal Economy, Thirty-Second Meeting of the IMF Committee on Balance of Payments Statistics, Statistics Department, IMF, November 2019 Lorenzo Medina and Friedrich Schneider, Shadow Economies Around the World:What Did We Learn Over the Last 20 Years?, IMF Working Paper, January 2018 Friedrich Schneider and Andreas Buehn, Estimating the Size of the Shadow Economy:Methods, Problems and Open Questions, IZA DP No. 9820, March 2016 Andreas Buehn and Friedrich Schneider, New Estimates for the Shadow Economies All Over the World, International Economic Journal, December 2010 Friedrich Schneider and Dominik Enste, Hiding in the Shadows:The Growth of the Underground Economy, IMF Economic Issues No. 30, March 20023.地下経済とマネロン罪上記の通り、広く地下資金対策と呼び得るものの内、マネロン罪はその対象の一部に過ぎない。しかし、この分野の規制が歴史的にはマネロン罪を中核として発展して来たことは、紛れもない事実である。また、マネロンという行為自体、必ずしも直感的に正確な理解を得られるものでもないため、まずは全体の導入として、ここから話を始める必要があるだろう。経済統計等に表れて来る「表の経済」は、実は経済の全貌を表してはいない。これは、しばしば「地下経済(underground/shadow economy)」などとも呼ばれ、いわば、一国の経済活動という氷山の全体の、水面下に隠れた部分である。表に出ないというだけであれば、例えば炊事・洗濯といった家事労働等も同じであるが、「地下経済」と言った場合、それ自体としては合法な経済活動であるが税務申告されず税金を逃れている収益に加え、薬物販売・売春等のそもそも違法な経済活動による収益等が、定義上その構成要素とされることが多い。地下経済の実態を正確に把握することは不可能であるし、前提としての定義の範囲にも相当の異同があるため、比較には細心の注意が必要であるが、かねてより様々な手法によってその規模の推計が試みられており、世界各国・各地域の経済において、対GDP比10%から、大きい国・地域では50%を超える程の、無視できない大きさを占めていることが明らかにされている*2。つまり、それだけの経済について、我々はそもそも把握できていないということである。マネロン対策は、第一義的にはまずこの地下経済の中の、特に犯罪に関わるカネに光を当てようとする取組みとして、創出されたものだ。組織犯罪の解明は容易ではなく、犯罪の行為者を追い掛けるだけでは、トカゲの尻尾切りに遇いかねない。代わってカネの流れを追うことで組織犯罪を効果的に摘発しよう、とい36 ファイナンス 2021 Aug.連載還流する 地下資金

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