ファイナンス 2021年8月号 No.669
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3米中による覇権争い(1)米中対立の経緯1972年のニクソン訪中以降、歴代米国政権は中国に対し「関与」(engagement)政策を取ってきた。これは、中国が経済発展すれば、次第に政治的にも自由化が進み民主主義が浸透するという前提に立脚しており、自由貿易や反テロ等の観点から米中の協力関係を構築することで、米主導の国際秩序の下、中国が変革することが期待されていた。中国は2001年のWTO加盟を契機に市場開放を推し進めた結果、豊富な労働力も相まって「世界の工場」としての地位を確立した。その後、世界金融危機に際しても世界経済を牽引し、2010年には日本を抜き世界第2位の経済大国になる等、大国としての自信*46) 南シナ海における独自の境界線設定による領有権や海洋権益を法的根拠なく主張し、人工島に基地を建設し軍事拠点化を試みたり、サイバー手段を用いて機微情報を窃取したりする等の行為。*47) 中央銀行の独占する通貨発行益が奪われかねないという懸念。また、リブラはサイバーセキュリティや資金洗浄対策等の規制監督上の懸念から発行が問題視された。さらに、金融政策の効果や金融安定性にも影響を与えかねず、国際金融体制への脅威と見なされた。*48) 2020年4月、リブラは複数の法定通貨に連動させて発行する仕組みを断念し、米ドル等の単一の法定通貨建ての安全資産を100%裏付けとする計画に変更することを発表した。また、同年12月には名称も「ディエム」へと改称した。を強め、国際社会での存在感を増していった。しかしながら、米国の期待するような政治の自由化は実現せず、それどころか、共産党支配による社会統制を強め、憲法改正によって国家主席の任期(2期10年)を撤廃する等、自由化・民主化に逆行する動きを重ねた。加えて、経済面・軍事面におけるルール無視の振る舞い*46によって安全保障環境を脅かし、影響力を拡大させた。*47 *48 これらの出来事は米国を失望させ、2018年以降、米国は対中「関与」政策を否定し、中国に対抗する方向へと舵を切った。実際、発足当初は中国との対話姿勢を見せていたトランプ政権が、「関与」による中国の取り込みを断念し、厳しい非難や強硬措置を実行し始めたのもこの頃からである。通商分野では、貿易赤2008年、サトシ・ナカモトと名乗る人物が発明した仮想通貨(暗号資産)「ビットコイン」は、国家や中央銀行から干渉を受けない自由な送金を可能とするデジタル通貨として世界に衝撃を与えた。ただし、ビットコインには価値の裏付けがなく、価格が不安定であるという難点があった。その後、2019年にFacebook社がステーブルコイン「リブラ」を発表した。リブラは複数の法定通貨バスケットに連動させ、100%の裏付け資産を持つことで、価値の安定を企図した。しかし、30億人近いユーザーを有し時価総額1兆ドルを超えるFacebook社が、国家から独立したデジタル通貨を発行するという野心的な計画は、通貨主権の侵害を警戒*47する各国政府や中央銀行によって骨抜きにされた*48。こうした民間主体のデジタル通貨に対し、2020年以降、中央銀行によるデジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)発行の検討が急速に進展した。CBDCは法定通貨の一形態であり、価値が安定している点が特徴である、中国では深圳や蘇州で「デジタル人民元」の大規模な社会実験が行われ、2022年北京冬季五輪でも国外からの来場者を巻き込んだ実証実験を行う予定となっている。中国はデジタル人民元による人民元の国際化を狙うが、仮にデジタル人民元が「一帯一路」参加国等によってクロスボーダー決済にも用いられることになった場合、取引データが中国当局によって管理されプライバシー侵害や監視等に悪用されるリスクや、米ドル覇権の切り崩しにより米ドルによる経済制裁が無力化される恐れ、さらに自国通貨への信認が低い国の通貨がデジタル人民元に取って代わられる可能性等が考えられる。こうした懸念を念頭に、主要国においてもCBDC開発に関する検討が進められているほか、2020年10月や2021年6月のG7財務大臣・中央銀行総裁声明においても、CBDCに関して、透明性・法の支配・健全なガバナンスを確保する必要性に言及している。実証実験で配布されたデジタル人民元(広州日報大洋網)コラム5:デジタル人民元 ファイナンス 2021 Aug.29新米課長補佐の目から見る激動の国際情勢(第3回) SPOT

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