ファイナンス 2021年8月号 No.669
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国有化(2012年)等を受けて、1972年の国交正常化以降最悪と言われる状況にまで悪化した*39。ただ、その後の安倍政権が長期化すると、2017年以降は関係改善の軌道に乗り、2020年4月には習主席の国賓としての訪日が予定*40される等、日中関係は「新時代」へと突入しつつあった。しかし、新疆ウイグル自治区等に対する人権侵害、「香港国家安全維持法」の制定、南シナ海における威嚇的な行動、新型コロナウイルスの発生源を巡る調査への対応等により中国に対する世界の不信感が高まると、日本の世論も中国に対して厳しい目を向けるようになった。さらに、米国がバイデン政権に移行し、米国の対中強硬姿勢がより鮮明になったことで、同盟国である日本も、安保・経済両面において米国に歩調を合わせた*39) 例えば、2010年9月の漁船衝突事件を受け、首脳会談のあるべき雰囲気を日本側が壊したとして、中国は同年10月に予定されていた日中首脳会談を直前で拒否した。また、2012年9月の尖閣諸島国有化以降、中国各地で反日暴動が発生し、現地の日系スーパーや工場等が略奪・放火等の被害に遭った。政治レベルでは、2011年12月の野田首相・胡錦涛国家主席の会談以降、2014年11月の安倍首相・習近平国家主席の会談まで、約3年間にわたり首脳会談が実現しなかった。*40) その後、新型コロナウイルスの感染拡大により、延期が発表された。*41) 日中韓、豪NZ、ASEAN10か国の計15か国が参加する自由貿易協定で、2020年11月に署名された。2021年末にも発効が見込まれ、世界人口及びGDPの3割を占める巨大な経済圏が誕生することになる。*42) 國分俊史(2020)「エコノミック・ステイトクラフト経済安全保障の戦い」日本経済新聞出版*43) 「債務の罠」によって、中国は、ジブチに対しては軍事基地を建設し、スリランカに対しては港湾権益を中国企業が99年間借用する契約を締結した。いずれもアジアと欧州を結ぶ海路の要衝であり、地政学上重要な役割を果たす。*44) 2016年のG7伊勢志摩サミットにおいて「質の高いインフラ投資推進のためのG7伊勢志摩原則」が合意され、その後2019年のG20大阪サミットにおいて「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が承認された。*45) 2020年11月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議で承認され、非パリクラブ債権国(中国等)が、パリクラブ債権国(先進国)と同じ条件で債務救済を合同で行うことを初めて約束した。厳しい態度で中国に対峙することが期待される。バイデン大統領就任直後の2021年3月には、東京にて日米安全保障協議委員会(2+2)が開催され、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官が訪日し、中国を念頭に日米同盟の結束を内外に示した。一方で、中国は「地域的な包括的経済連携」(RCEP)*41に参加していることに加え、米国が抜けたCPTPPにも加入意欲を示しており、経済面では引き続き日中の強固な結びつきが期待される。日本国内においても、中国を過度に刺激し日中関係を悪化させることは避けたいとの思惑も引き続き見られる。*42 *43 *44 *45「エコノミック・ステイトクラフト」(ES:Economic Statecraft)は、かつて日米貿易摩擦を巡り、米国が「通商法301条」を用いて日本に圧力をかけたように、「経済ツールを活用して地政学的国益を追求する手段」*42である。日本ではまだ馴染みのない言葉だが、近年では中国による経済外交にその特徴が散見され、米豪やEUを始めとする主要国においても、サイバーセキュリティ対策やサプライチェーンの脱中国化といった対応が進められている。中国の経済外交に対し、各国の反応は区々である。米国はトランプ政権時、中国との関税合戦で徹底抗戦し、安全保障上の懸念からファーウェイ等の中国製先端技術を締め上げた。豪州も、石炭やワイン等で制裁関税を科されるも、中国依存経済からの脱却を図りつつ、対中強硬姿勢を継続しているのは上述の通りである。日本に対しても、2010年の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の直後、中国はレアアースの輸出規制を行ったが、日本はこれを教訓にレアアースの省資源化や代替化を推し進めた。他方、中国のESに屈する国も見られる。2010年、ノルウェーのノーベル委員会が中国の民主活動家である劉暁波氏にノーベル平和賞を授与すると、中国政府は内政干渉として強く反発し、通関規制によってノルウェー産サーモンの輸入を激減させた。事実上の制裁を科されたノルウェー政府は、以後中国の人権問題については口を閉ざし、叩頭よろしく最大限の配慮を示すようになった。また、中国は近年途上国の開発支援に積極的に乗り出しているが、「債務の罠」によって返済が持続不可能となった国が戦略拠点として重要なインフラ権益を中国に譲渡し、周辺地域の安全保障が脅かされる事態も起こっている*43。このように、中国に経済安全保障を脅かされ国際秩序のヘゲモニーを掌握される事態を警戒し、マルチの枠組みにおいても、価値観を共有する国々との連携を強化することに加え、投資の透明性や債務の持続可能性を確認する「質の高いインフラ投資に関するG20原則」*44や債務返済の「共通枠組」*45の合意等、中国を巻き込んだ取組が進められている。コラム4:中国のエコノミック・ステイトクラフト28 ファイナンス 2021 Aug.SPOT

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