ファイナンス 2021年7月号 No.668
56/92

評者渡部 晶法政大学比較経済研究所/小黒 一正 編法政大学比較経済研究所 研究シリーズ35 人口動態変化と財政・ 社会保障の制度設計日本評論社 2021年3月 定価 本体4,700円+税本書は、高齢化に伴い政治的意思決定の時間的視野が狭くなり、異時点間の効率的な配分を想定した財政・社会保障改革や世代間格差の是正が進まない、日本の「民主主義の失敗」の是正手段について実証経済学や理論経済学の両面から分析・検討することを目的として、法政大学比較経済研究所で2017年度から2020年度において実施された「人口動態変化と財政・社会保障の制度設計に関する研究」プロジェクトの成果をもとにまとめられたものである。編者の小黒一正・法政大学教授は、1997年に旧大蔵省に入省、アカデミズムに転じ、2015年から現職についている。最近の単著に「日本経済の再構築」(日本経済新聞出版社 2020年)がある。本書の構成は、第Ⅰ部民主主義と財政制度(第1章~第3章)、第Ⅱ部社会保障制度改革(第4章~第9章)、第Ⅲ部人口動態と市場(第10章・第11章)となっている。「はじめに」で、各章の簡潔な紹介がなされる。第1章民主主義とガバナンス(執筆:田中秀明・明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科教授)は、日本の財政について「この30年間において幾度となく財政再建が試みられたが、それらはことごとく失敗に終わった」と断じる。失敗の理由として、(1)透明性が低く政治的意思決定過程に問題がある予算制度、(2)日本の経済・財政のマクロ的な環境が財政再建を促すインセンティブに乏しいこと、をあげる。この解決のために必要とされるのが、「財政ガバナンス」であり、これを強化する観点から、数値ルール、中期財政フレーム、独立財政機関、意思決定、透明性について考察を深めている。日本は、OECD諸国の中で、財政収支ルール、中期財政フレーム、独立財政機関の権限に関するスコア分析で最低である。第2章政府支出と財政ルール(執筆:原一樹・株式会社格付投資情報センター格付本部、チーフアナリスト)は、財政ルール制度の強化は、政府支出のプロシクルカル(景気変動増幅的)な傾向を抑制することを確認している。また、支出項目の中でも雇用者報酬と公共投資は強いプロシクルカルな性質を有し、財政ルール制度の強化はその性質を抑制していることが示された。均衡予算ルールは公共投資に対してのみ有意に作用する一方、歳出ルールと債務ルールは雇用者報酬に対して強い効果を、公共投資に対して弱い効果を持つとする。第3章意思決定集約方法の理論分析(執筆:石田良・財務省財務総合政策研究所客員研究員、経済学Ph.D.(博士))は、経済理論の知見も借りつつ、有権者の意思の集約方法である投票制度についてそれが実際の財政にどのような影響を与えるかを解明している。様々な投票方法のうち、ボルダ投票と、余命投票(若年層の投票権に重みづけをするもの)に焦点をあて、考察を深める。財政赤字問題には、いわゆる「共有資源問題」が生じているとし、票割れに強いボルダ投票の利点や、理論的な研究が少ないものの余命投票の理論がパレート改善となる可能性を示す。第4章公的年金制度改革を望むのは誰か?(執筆:島澤諭・公益財団法人中部圏社会経済研究所研究部長)は、我が国における財政再建の実現可能性を考えるために、世代会計によるシュミレーションモデルで分析を行う。試算は、(1)人口上振れシナリオ、(2)消費税増税シナリオ、(3)所得税増税シナリオ、(4)高生産性実現シナリオ、(5)ベーシックインカムの導入シナリオ、(6)年金給付削減シナリオ、(7)年金保険料削減シナリオの7つのシナリオに適用される。直感的にも理解できるが、すべての世代の純負担を軽減するのは、人口上振れシナリオと高生産性実現シナリオの2つだけだという。第5章2019年・財政検証と年金財政に関する一考察~経済前提の1つであるTFP上昇率の評価を巡って(執筆:小黒教授)は、過去30年超のTFP上昇率に関するデータを用い、簡単な確率モデルを構築した上で、モ52 ファイナンス 2021 Jul.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#56

このブックを見る