ファイナンス 2021年7月号 No.668
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(プログレッシブ)といった幅広い層が「打倒トランプ」で結束し、バイデンを支えた。ただし、裏を返せば、バイデンの支持者は「反トランプ」という一点を除けば「烏合の衆」である。そのため、バイデンは民主党内の求心力維持のために議会プログレッシブ*70の意見を取り入れる必要があり、他方で左派寄りの政策が目立てば中道派の支持が離れていくというジレンマに直面する。「打倒トランプ」の目的を遂げた以後は、この絶妙なバランスを保った難しい舵取りを迫られている。バイデンの議会運営大統領選挙におけるバイデンの勝利に加え、連邦議会選挙についても上下両院で民主党が制したことで、2009年のオバマ政権(1期目)以来となる「トリプルブルー」の構図となった。下院は、民主党が220議席と定数(435議席)の過半数を超えている(2021年6月15日現在)。また、上院(定数100)は、議席数は民主党・共和党ともに50議席で拮抗しているが、この場合、上院議長(ハリス副大統領)がタイブレーカーとして決裁票を投じるため、実質的に51対50で民主党多数となる。議事妨害(フィリバスター)ただし、上院での議決について、共和党は「フィリバスター」(libuster)と呼ばれる議事妨害による審議引き延ばし戦術を用いることで、実質的な拒否権行使が可能となる。討論の徹底や少数意見の尊重といった観点から、上院には発言時間の制限が設けられておらず、野党は延々と演説を続けることで与党による採決を阻止できる*71 *72。討論を終了させて採決に持ち込むためには、審議打切りを決める「クローチャー動議」(cloture motion)を行う必要がある。しかし、*70) 例えば、上院ではバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレン、下院ではアレクサンドリア・オカシオコルテスらが挙げられる。*71) 上院規則第19条第1項(a)には「いかなる上院議員も、他の上院議員の討論を、本人の同意なしに中断してはならない」(筆者訳)と定められている。過去には24時間以上にわたり演説を行った例も記録されている。*72) なお、1975年の上院規則改定により、議事妨害を宣言するだけで議場において演説を行っているものとみなされることとなったため、現在は実際に演説を行う必要はない。*73) 上院規則第22条第2項による。*74) Congressional Budget Act of 1974 §310“Reconciliation”*75) Congressional Budget Act of 1974 §313 (b) 1 “Byrd Rule”*76) Congressional Budget Act of 1974 §310 (a)の上院解釈による。*77) 無党派の上院の顧問で院内規則や議会手続きの解釈を行う職員。*78) Byrd Rule(注75参照)により、歳出・歳入の変更を生じさせないものは財政調整措置の適用対象から除外されており、最低賃金引上げについては要件を満たさないと判断された。*79) フィリバスターによって最低賃金引上げ等の重要政策を成立させられないことに民主党プログレッシブはフラストレーションを募らせており、フィリバスター改革が叫ばれている。例として、かつてのように議場で演説を続けることを要件として復活させたり、2017年に連邦最高裁判事指名についてフィリバスターを廃止した(コラム6参照)ように、一部の議案についてはフィリバスターを無効化する等の案が議論されている。そのためには5分の3以上の賛成が必要となり、実質的に可決ラインが60票まで引き上がる*73。したがって、バイデン政権は、民主党が上院で50議席を確保しているにも関わらず、原則として共和党の協力なくして法案を成立させることができず、議会との対話や調整が必要となる。財政調整措置(リコンシリエーション)他方、特定の税制、支出、債務上限に関する法案を迅速に審議するための措置として、「財政調整措置」(reconciliation)*74と呼ばれる手段がある。財政調整措置を用いる際は審議時間が20時間までに制限されるため、フィリバスターを回避し、単純過半数の賛成で法案を可決することができる。ただし、財政調整措置の対象は実質的に財政・税制等に限定*75されており、また、使用回数についても、歳出、歳入、債務上限の3つのカテゴリーごとに、1つの予算決議につき1回ずつまでとされる*76。なお、財政調整措置の使用可否については上院の議事運営専門委員(parliamentarian)*77が解釈・判断することとなっており、強硬手段として上院議長(副大統領)はこの判断を覆すことができるが、慣例的にこれに従っている。実際、バイデン政権における1.9兆ドルの経済対策である「米国救済計画」については、共和党の反対を押し切って財政調整措置によって可決したものの、当初案に盛り込まれていた最低賃金の時給15ドルへの引上げについては、議事運営専門委員の裁定を受け断念している*78 *79。また、法人税率の引上げ等を含む長期の経済再生プラン(「米国雇用計画」、「米国家族計画」)についても、内容を見直しつつ2022会計年度の予算として超党派で通過させるか、共和党との衝突を辞さず2022会計年度の財政調整措置で決議する必要がある。 ファイナンス 2021 Jul.49新米課長補佐の目から見る激動の国際情勢(第2回) SPOT

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