ファイナンス 2021年7月号 No.668
51/92

院は憲法修正第25条*56に基づき、ペンス副大統領にトランプ大統領の解任を求める決議案を可決した。ペンスは、当該規定は懲罰の手段でなく、徒な適用は社会の分断や対立の激化を煽るとしてこれを拒否した。これに対し民主党側は、翌13日、トランプが暴動を扇動し、民主主義に対する前代未聞の騒乱を招いたとして連邦議会下院に弾劾訴追決議案を提出し、過半数を占める民主党の賛成によりこれを可決した*57。これにより、トランプは米建国史上初めて、在任中に2度弾劾訴追された大統領となった*58。2021年1月20日 バイデン新大統領就任式ワシントンDC、数日前の痛々しい記憶が残る国会議事堂前で大統領就任式が執り行われた。しかし、そこにトランプの姿はなかった*59。現職大統領の就任式欠席は、アンドリュー・ジョンソン(第17代)以来152年ぶり*60であった。1月20日正午、憲法の規定に基づき、バイデンは第46代大統領に就任した(注41参照)。宣誓を終え就任演説に臨んだバイデン新大統領は、「結束」(unity)という言葉を繰り返し用い、分断が進んだ米国社会の修復を呼びかけた。ハリス副大統領を含め、就任式に参加した多くの女性は紫色の服を着用していた。これは、民主党の青と共和党の赤を混ぜた色であり、新しい政権における米国民の結束を象徴するものであった。*56) 合衆国憲法修正第25条第4項には「副大統領、および行政各部の長または連邦議会が法律で定める他の機関の長のいずれかの過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対し、大統領がその職務上の権限および義務を遂行できない旨を書面で通告したときは、副大統領は、直ちに臨時大統領として、大統領職の権限および義務を遂行するものとする」と定められている。*57) 合衆国憲法第2条第5項には「弾劾の訴追権限は下院に専属する」と定められている。このとき、共和党からも10名が造反し、トランプの弾劾訴追に賛成票を投じた。*58) 1度目は2019年12月の「ウクライナ疑惑」によるもの。このときの下院の弾劾採決では、共和党議員からの造反は出なかった。*59) トランプは2016年の大統領就任式において「4年に1度、我々はここに集い、秩序ある平和的な権力移譲が行われる」と演説していたが、皮肉にも、自身でそれを否定する形となった。*60) アンドリュー・ジョンソンは、南北戦争後に上院の承認なく閣僚(陸軍長官)を更迭したことの違法性を指摘され、弾劾訴追を受けていた。次期大統領のユリシーズ・グラント(第18代)が就任式に向かう馬車への同乗に応じないとしたため、ジョンソンは式への参加を拒否した。*61) トランプ以前に弾劾裁判にかけられた大統領は、アンドリュー・ジョンソン(第17代、注60参照)、ビル・クリントン(第42代)の2名のみであった。なお、リチャード・ニクソン(第37代)はウォーターゲート事件を受けて下院から弾劾訴追を受けたが、弾劾裁判前に辞職している。*62) 合衆国憲法第3条第6項には「すべての弾劾を裁判する権限は、上院に専属する。(中略)合衆国大統領が弾劾裁判を受ける場合には、最高裁判所長官が裁判長となる。何人も、出席議員の3分の2の同意がなければ、有罪の判決を受けることはない」と定められている。*63) 弾劾裁判で有罪となれば、その後上院は過半数の賛成によって当該人物が公職に就く権利を剥奪する採決を行える。民主党側にはトランプが2024年大統領選挙へ再出馬することを阻止したいという思惑もあった。(合衆国憲法第3条第7項には「弾劾事件の判決は、職務からの罷免、および名誉、信任または報酬を伴う合衆国の官職に就任し在職する資格の剥奪以上に及んではならない」と定められており、実際、過去に過半数の同意によって、弾劾した裁判官の資格を剥奪した例がある。)*64) 2021年1月14日、バイデン次期大統領は、就任に先駆けて1.9兆ドル規模の新型コロナに対応するための追加経済対策「米国救済計画」(American Rescue Plan)を発表した。トランプ政権が決定した個人への現金直接給付(600ドル)を1,400ドル上乗せする等の施策が盛り込まれ、就任後の同年3月11日に成立した。*65) トランプは退任後の演説で、自身の弾劾に賛同したミット・ロムニー上院議員、リム・チェイニー下院議員ら共和党の造反者17名を名指しし、落選させるよう呼びかけを行った。*66) オバマが2008年に獲得した6,900万票。*67) さらに、コロナ禍におけるマスク着用の是非についてすら保守・リベラル間で政治問題化していた。2021年2月13日 トランプ前大統領の弾劾裁判下院による弾劾訴追を受け、連邦議会上院は2月13日、トランプ前大統領の弾劾裁判を行った*61。結果は有罪57票、無罪43票で無罪評決となった。共和党員から7名の造反者が出たが、有罪評決に必要な3分の2(67票)*62には届かなかった*63。閣僚らの人事承認や追加経済対策法案の成立を急ぐ*64バイデン政権は弾劾裁判の長期化を懸念し、実質審理は5日間と異例の短さとなった。無罪評決後、トランプは「米国を再び偉大にする歴史的な運動は始まったばかり」と復権に意欲を示した*65。3米国政治の展望深まる米国社会の分断2020年の米国大統領選では、バイデンが結果的に史上最多得票(8,100万票)を得て現職大統領のトランプに勝利した。ただし、トランプに対しても過去の全大統領候補の歴代最多得票*66を超える7,400万票が投じられた事実は重く、米国における社会的分断の深刻さを物語っている。また、今回の大統領選挙と同時並行でBLM運動が社会問題として盛り上がりを見せる一方、「プラウドボーイズ」と呼ばれる極右集団や「Qアノン」といったトランプを支持する陰謀論者らも勢力を伸ばし、米国世論の分断が改めて顕在化した*67。もっとも、米国の分断・二極分化はトランプ以前から指摘されており、トランプが分断を招いたというよりは、分断が深刻化した結果としてトランプが支持さ ファイナンス 2021 Jul.47新米課長補佐の目から見る激動の国際情勢(第2回) SPOT

元のページ  ../index.html#51

このブックを見る