ファイナンス 2021年7月号 No.668
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ンの話を度々妨害したり、両候補が互いに挑発や侮辱を繰り返す泥仕合*31となった。これは「史上最悪の討論会」*32と酷評され、米国の分断を象徴するかのようなイベントであった。各種世論調査の結果ではバイデンに軍配が上がったが、これは討論の中身が評価されたのではなく、トランプの自殺点があまりに大きすぎたためと言える。バイデンは討論会を振り返り、トランプ大統領の態度を「国の恥」と罵った。なお、トランプは討論会の場でも(従来の集計ではなく)連邦最高裁による票の確認を期待すると発言し、郵便投票で不正が行われる可能性があり、その場合は結果を受け入れられないと明言したため、「居座り説」が現実味を帯び始めた。2020年10月2日 トランプ大統領の新型コロナ感染発覚討論会直前の9月26日、ホワイトハウスで行われたバレットの最高裁判事指名行事にて、新型コロナの集団感染が発生していた*33。討論会翌日の30日、ヒックス大統領顧問の陽性が判明すると、10月2日にはトランプ大統領夫妻の陽性も判明した。この結果、予てより新型コロナの感染リスクを過小評価していたトランプの支持率が低下し、バイデンとの差が拡大した*34。さらに、同月15日に予定されていた第2回討論会が中止*35となったほか、共和党上院議員に3名(うち2名は上院司法委員)の感染者が出たことでバレットの最高裁判事承認プロセスが難航する懸念*36が生*31) トランプは民主党に対し「社会主義者」とレッテルを貼り、バイデンの知力に対する暴言を放ち、さらに息子ハンター・バイデン氏の疑惑に言及した。バイデンは自身の演説中に何度も話を遮られると「黙ってくれないか」(Will you shut up, man?)と応報し、トランプを「史上最悪の大統領」「人種差別主義者」と非難した。*32) “US people, biggest losers of presidential debate:CNN” (Sep 30, 2020). CNNキャスターのジェイク・タッパー氏は「あれは討論ですらなかった」「敗北は米国民」と批判した。*33) 最高裁判事指名行事に参加したトランプ大統領、メラニア夫人、コンウェイ前大統領顧問、クリスティー前ニュージャージー州知事、ジェンキンスノートルダム大学長、リー上院議員、ティリス上院議員他複数名が陽性となった。*34) バイデン・トランプ両候補の支持率の差は、9月26日には6.9ポイント差でバイデンがリードしていたが、トランプ感染後の10月8日には9.7ポイント差にまで拡大した。(出所:Real Clear Politics)*35) 主催者は当初バーチャル開催への変更を決定するも、対面形式を希望するトランプ陣営はこれを拒否、代わりに討論会を翌週に延期することを提案したが、今度はバイデン陣営がこれを拒否した。なお、第3回討論会については10月22日に予定通り実施されたが、第1回討論会の惨状を鑑み、相手の発言中はマイクをオフにするなどの異例の措置が取られた。*36) 当時、上院司法委員会(採決に過半数の出席が必要)は共和党12名に対し民主党10名であったが、共和党側は感染者2名と濃厚接触者2名が自主隔離中であり、民主党委員が欠席した場合採決が不可能になる恐れがあった。その後、人事案は上院本会義(共和党53名、民主党47名)に上程されるが、感染者に加え2名の共和党議員が大統領選前の判事承認に反対を公言していたため、承認に必要な過半数を満たせない可能性も指摘されていた。(結果として共和党からの造反はコリンズ議員1名であった。)*37) 例えば、一部州において選挙人団を選出できず、選挙人が連邦議会に対して投票をしない(できない)事態が生じれば、両候補ともに過半数の得票を得られないケースが起こり得る。そのほか、過半数未達となる例としては、接戦となり両候補が選挙人を同数(269名)ずつ獲得する場合も考えられる。*38) 合衆国憲法修正第12条には、大統領として票数が選挙人総数の「過半数に達した者がいないときは、下院は直ちに無記名投票により、大統領としての得票者一覧表の中の3名を超えない上位得票者の中から、大統領を選出しなければならない。ただし、この方法により大統領を選出する場合には、投票は州を単位として行い、各州の議員団は1票を投じるものとする」と定められている。*39) 大統領選挙直前(2020年10月時点)で、連邦議会下院は民主党232議席、共和党198議席で民主党が過半数を占めていたが、州ごとには民主党多数23州に対して共和党多数26州(1州は同数)であり、共和党が過半数を得ていた。ただし、大統領選の結果が決まらず年明けに持ち越せば、当該プロセスは選挙結果を受けて新たに構成された議会に委ねられる。(米国では大統領選挙と同日に連邦議会の上院(2年ごとに3分の1ずつ改選)・下院選挙(2年ごとに全議員が改選)も実施される。)じる等、影響は多方面に及んだ。懸念4:議会投票による大統領選出テレビ討論会での「居座り」容認とも取れるトランプ発言や、新型コロナ感染後のトランプ大統領の支持率下落を受け、大統領選挙を目前にして、米リベラル系メディア(と財務省国際調整室)を中心に、トランプ陣営が選挙の不正を主張することで議会投票に持ち込む懸念や、大統領の任期が切れた後もトランプがホワイトハウスに居座り自らの正当性を主張するといった可能性が取り沙汰されていた。2020年大統領選挙は、一般投票が11月3日、各州の選挙人による投票日が12月14日となっており、この間に各州は選挙結果を確定し、どちらの陣営の選挙人を選出するか決定する必要があった。ただし、郵便投票増加による集計の長期化や訴訟の頻発等によって、選挙人団が投票日までに明確に確定しない州が出る可能性も考えられた。[ケース1]過半数未達シナリオいずれの候補の得票も過半数(270名)に満たない場合*37、1月に新たに開始される連邦議会下院が大統領を選出することになっている*38(コラム4参照)。連邦議会下院は民主党が多数を占めていたが、各州1票との規定を考慮すると共和党が優位になると考えられた*39。仮に下院での投票によってトランプが過半数(26票以上)を獲得した場合、トランプの大統領続投が確定する。(下院にて過半数を獲得する候補がいなかっ44 ファイナンス 2021 Jul.SPOT

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