ファイナンス 2021年7月号 No.668
45/92

まず、こうしたトランプの軽忽な発言に端を発する、大統領選挙に向けて実際に危惧された(半分冗談のような)懸念事項について紹介する。懸念1:郵便投票の増加米国では2020年3月以降、新型コロナウイルスの感染拡大による甚大な被害が生じており、感染予防のために郵便投票*7の利用を拡大する州が増加していた(右表参照)。また、民主党の支持基盤である黒人や中南米系の有権者は投票率が低い傾向にあるため、郵便投票の拡大によって投票率が上がればトランプ陣営に不利に働くとの懸念が生じていた。こうした背景もあり、トランプは登録有権者*8が理由なく一律に郵便投票用紙を受け取る制度は不正を招くとし、全有権者に郵便投票を認めるとした州を違憲として提訴*9する等、*7) 米国では恒常的に軍隊が海外に派遣されていることもあり、全50州が不在者投票の手段として郵便投票を認めているが、従来は投票できない理由がある場合のみ利用する代替手段として用いられていたのに対し、2020年の大統領選においては、新型コロナ感染予防のため原則郵便投票として全有権者に投票用紙を郵送する州が増加し、また、多数の州において「感染の懸念」が郵便投票の理由として認められるようになった。*8) 米国においては、有権者の資格を得るためには居住地において有権者登録を行う必要がある。*9) 8月4日、トランプ大統領陣営と共和党は、ネバダ州が州内全ての有権者に郵便投票を認める法案を成立させたのは違憲として提訴。ネバダ州の新法が「郵便投票の消印がなくても投票日から最大3日後までの票を認めることを義務付けているため、事実上選挙日を延長しており、憲法に違反している」と主張した。(ロイター通信「トランプ陣営がネバダ州提訴、郵便投票認める新法の発効阻止へ」2020年8月6日)*10) フロリダ州法(2000 Florida Statutes, 102.141(4))には「得票差が総得票数の0.5パーセント以内であれば選挙委員会は再集計を命じなければならない」(筆者抄訳)と定められている。この時、得票数約600万票のうち、わずか1784票の差でブッシュが勝利となっていた。その後、機械による再集計によって票差は327票にまで縮まった。*11) 合衆国憲法修正第14条には「いかなる州も、その管轄内にある者に対し法の平等な保護を否定してはならない」と定められている。(出典:American Center Japan。以下、合衆国憲法の和訳はここから引用。)*12) 合衆国法典(28 U.S. Code §1257)には「州の最高裁判所によって言い渡された終局的な判決または決定は、連邦法が関係する場合、連邦最高裁による審理の対象となり得る」(筆者抄訳)と定められている。*13) 合衆国法典(3 U.S. Code §5)には「少なくとも選挙人集会の日の6日前までに選挙人の任命について最終的な決定をしたときは、その拘束力を有する」(筆者抄訳)と定められている(セーフハーバー条項)。2000年の大統領選においては、選挙人集会が12月18日であり、その6日前の12日がセーフハーバーの期限であった。*14) 賛成した判事はレンキスト(保守)、スカリア(保守)、トーマス(保守)、オコナー(保守・中間)、ケネディ(保守・中間)の5名、反対した判事はスーター(リベラル)、ブライヤー(リベラル)、ギンズバーグ(リベラル)、スティーブンズ(リベラル)の4名。党派性が明確に表れる形となり、司法の在り方にも議論が及んだ。*15) 多数意見の理由として、手作業による再集計は合衆国憲法修正第14条の「平等保護」に反し、また、再集計が合衆国法典(3 U.S. Code §5、注13参照)に定めるセーフハーバー期限(判決と同日)までに完了することは現実的に不可能であり、訴求利益がないという論点が挙げられた。*16) 最終的に認められた票として、総投票数でゴアを54万票下回ったブッシュが、フロリダ州では537票だけ上回り選挙人25名を総取りした結果、獲得選挙人数の合計でゴアを5名上回ったブッシュが第43代大統領に当選した。郵便投票の不当性を主張した。*10*11*12*13*14*15*16郵便投票の類型(2020年11月3日時点)全有権者に郵便投票用紙が送付される郵便投票用紙を請求する必要がある全有権者に 請求用紙が 送付される(請求理由不要)請求用紙を請求する 必要がある(2016年選挙時)請求理由 不要請求理由 必要9州 + ワシントンDC(3州)10州19州7州出典:Brookings Institution “Voting by mail in a pandemic:A state-by-state scorecard”また、郵便投票の制度は州によって区々であり、集計の混乱も予想された。例えば、郵便投票の締切について、投票日(11月3日)を必着とする州もあれば、それ以降に届いた票についても(投票日までの消印を有効として)集計の対象とする州もあり、さらに開票日前の開封や署名確認といった事前処理の有無、集計時は遡り2000年12月12日。第54回米国大統領選挙の投票日(11月7日)から1か月以上が経過してようやく、共和党候補のジョージ・ブッシュ(当時テキサス州知事)の勝利が確定した。民主党候補のアル・ゴア(当時ビル・クリントン政権副大統領)は、ブッシュの当確速報を受けて11月8日未明に敗北宣言を発したものの、フロリダ州(25票)での得票差が僅差*10であったため、直後に撤回した。フロリダ州以外の票数はほぼ互角で、フロリダ州を制した者が大統領に当選するという状況の中、ゴア陣営は機械による集計方法に不服を申し入れ、フロリダ州最高裁は訴えのあった特定の地区での手動の再集計を決定した。これに対し、ブッシュ陣営は、地区によって異なる基準で集計することは平等保護*11に反するとして連邦最高裁に上告した*12。選挙人を決定する最終期限*13とされる12月12日、連邦最高裁は5(保守)対4(リベラル)*14でブッシュ陣営の主張を認め*15、手作業による再集計を命じたフロリダ州最高裁の決定を破棄したことで判決が確定し、フロリダ州議会はブッシュ側の選挙人団の任命を決定した*16。ゴアは「裁判所の判断には断固反対するが、私はこれを受け入れる」とコメントし、二度目の敗北宣言を行った。コラム2:裁判所が決した勝者 ファイナンス 2021 Jul.41新米課長補佐の目から見る激動の国際情勢(第2回) SPOT

元のページ  ../index.html#45

このブックを見る