ファイナンス 2021年7月号 No.668
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臨み、全力疾走を続けながらも、状況の変化に応じて軌道修正をする柔軟性を発揮した。これは、ADBスタッフの共通体験に基づく新しい組織DNAとして、今後に引継ぎ、発展させていかなければならない。(5)長年培われてきた顧客との信頼関係渡邊武ADB初代総裁は、ADBが「アジア・太平洋途上国から信頼され、慕われるファミリー・ドクター」となるべく、「顧客に教える前に、学ぶ(Learning before teaching)」の大切さをスタッフに説いた。1966年の設立以来50年を超える歳月が過ぎ去り、ADBはもはや町のファミリー・ドクターではなく、世界最大の人口を擁するアジア・太平洋地域の「総合病院」へと進化した。それでも、渡邊初代総裁が大切にしたモットーは、スタッフが大切にする価値として今も息づいている。マニラに拠点を置く本部及び42の現地事務所での日々の業務を通じて、ADBのスタッフ及び経営陣が、これまで営々と積み重ねてきた顧客との対話が育てた信頼関係が、未曽有の危機に際して、ADBが「選ばれる開発金融機関」足り得たこと、そして、顧客の期待に応える支援を展開できた理由であることは疑いがない。この点、ADBが支援先の途上国の政府、民間企業等の職員、及びパートナーである国際機関、研究機関、及び市民社会団体に対して2021年3月に実施したアンケート調査では、「ADBのパンデミック対応のインパクトについてどう考えるか」との質問に対しては、80%が「Excellent」あるいは「Good」と回答している。土日や休暇も返上でパンデミック対応に取り組んできたADBのスタッフにとって、これ以上励みになるデータはないだろう。5おわりに本稿の締めくくりに、パンデミックから経済、社会、そして健康と命を守るために、日夜奮闘する各国の人々、そしてADBの同僚たちに心からのエールと敬意を送りたい。また、自分自身、ADBの一職員として、微力ながらも歴史的な人類共闘の取組みに関わることができたことに感謝したい。とはいえ、パンデミックに未だ終息の兆しは見えない。本稿執筆の間も、日本では緊急事態宣言が三度発令され、インドでは第二派による医療崩壊で多数の命が失われている。状況は厳しく、不確実性の霧は晴れない。しかし、浅川総裁が昨年3月のスタッフ集会で力強く語りかけた通り、「人類史を振り返れば、パンデミックには必ず終わりがくる」。一日でもはやく「終わりの日」の到来を手繰り寄せるためには、引き続き、国際機関、各国政府、民間企業、研究機関、市民社会団体といったプレーヤーが、国境、専門性、政治的立場の違いを乗り越えて、協働を続けることが欠かせない。そしてその主要プレーヤーであるADBの果たすべき役割と責任は大きい。------------------------本稿執筆にあたっては、多数のADBの同僚から貴重なインプットや丁寧なレビューを頂いた。個別にお名前を挙げることは控えるが、この場を借りて、お礼を申し上げたい。なお、本シリーズにおける意見にあたる部分は筆者個人の意見であり、また事実関係に誤りがあれば、それは所属組織ではなく、筆者個人にその責任は帰せられる旨、申し添える。------------------------筆者略歴2001年財務省入省、主計局、広島国税局等を経て、2008年よりハーバード大学院ケネディスクール留学。公共政策修士号取得。以降、国際金融・途上国開発、国際租税分野等の政策立案を担当。2011年夏より3年間、世界銀行に出向、バングラデシュ現地事務所及びワシントン本部にて開発成果の計測・モニタリングの仕組みの立上げと展開に尽力。2017年7月にアジア開発銀行総裁首席補佐官に就任。中尾武彦前総裁、浅川雅嗣現総裁のトップ外交、組織経営全般を補佐。著書「ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ~世界を変えてみたくなる留学~」、「バングラデシュ国づくり奮闘記~アジア新・新興国からのメッセージ~」(共に英治出版) ファイナンス 2021 Jul.31パンデミック下の途上国支援SPOT

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