ファイナンス 2021年7月号 No.668
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応で新たに導入した緊急財政支援ツールCPRO(COVID 19 Pandemic Response Option)や、本稿で紹介したAPVAXの金利、償還期間、据置期間等を検討する際、財務局と協議しながら、ADBの長期的な財務健全性との関係に常に留意してきた。財務の健全性を維持・強化するための革新的かつ緻密な取り組みの結果、史上最大規模に融資額を膨らませたにもかかわらず、ADBは今後10年以上にわたり増資に頼ることなく、顧客のニーズに応じて貸付量を微増し続けることができる見込みだ。(2)更新されたIT基盤本シリーズの第二号における「5.激変する外部環境への対応:本部閉鎖とテレワークへの移行」や、第3号における「7.長期化する危機と組織経営上の課題」で紹介した通り、ADBのスタッフ、経営陣、そして理事会は、ある日突然発生した「職場の閉鎖」という事態と、「テレワークへの移行」という要請に、スムーズに適応することができた。この背景にも、危機前の備えがある。即ち、UNDPのIT部門トップから2017年にADBに移籍してきたShirin Hamid女史が局長として率いる情報技術局の数多くのスタッフが、中尾前総裁をはじめ経営陣の全面的なバックアップを受けて取り組んできた「Digital Agada 2030」によるITシステムの基盤強化だ。これにより、危機前から、在宅勤務の前提として欠かせないサイバーセキュリティ対策の強化、文書の同時編集システム、各種ビデオ会議システムの導入等が進められていたほか、調達、資金管理、資金支払いや協調融資に係るデータベース等、銀行業務に欠かせないシステム基盤の更改が実施されていた。(3) 新旧リーダーの緻密な引継ぎとスムーズな交代本シリーズ第二号の「2.初動―危機対応チームの立上げ」では、COVID19が発生・拡大しつつあった時期が、中尾前総裁から浅川現総裁への交代のタイミングと重なっていたことに触れた。ADBの総裁は、全加盟国参加による選挙を通じて選ばれる。立候補者を推薦する資格は、域内の加盟49か国に与えられている。中尾前総裁から浅川総裁への交代は2019年9月17日に中尾前総裁による退任意図の表明に始まり、10月中の立候補受付、11月末までの投票期間を経て、12月2日の選挙結果の公表で節目を迎えた。その直後から、中尾前総裁は浅川新総裁への丁寧かつ詳細な引継ぎに取り組んでいた。また、2020年1月16日にADBのスタッフ食堂で行った中尾前総裁の送別会では、新旧総裁夫妻が4名でステージに上がり、手を取り合って万歳をするシーンに、集った数百名のスタッフが拍手喝さいを送った。リーダーの交代がスムーズ且つ、万全な準備の下で行われていることを印象付けるシーンであり、私も含めてスタッフは、安心して日々の業務に、そして迫りつつあった危機への備えに勤しむことが出来た。しかし、全ての国際機関が常にスムーズなリーダーの交代を実現できるわけではない。なかには、候補者選びが過度に政治化して遅れるケース、トップ不在の期間が長引くケース、あるいは、新しいリーダーが、これまでの方針と異なる改革を就任直後に打ち出して現場が混乱するケースもある。安定感のある新旧リーダーの交代は、その直後に発生したパンデミックにADBが直ちに取り組むことができた、目には見えないが大切な要素であったと考える。(4) 「次に何が起こるか」を考える力と、「走りながら軌道修正する」柔軟性浅川総裁が2020年1月後半に開催されたダボス会議の直後に、武漢で発生していたCOVID19がグローバル・パンデミックとなることを予測し、5月に予定されていた年次総会の延期も含めた指示を補佐官である私に出していたことは、本シリーズ第弐号の「2.初動―危機対応チームの立上げ」で紹介した。目の前で発生している問題に対応するだけでなく、その時点で入手可能な情報をもって「次に何が起こるか」を敏感に感じ、行動に移す姿勢は、浅川総裁だけでなく、ADBの各部門で活躍するプロフェッショナルたちが発揮した力だった。また、ADBは「銀行」という性質上、「保守的」で「動きが遅い」と、内外から指摘されることが少なくない。この点、本稿で詳述したワクチン支援は、従来のADBの姿とは全く異なる。ADBは新しい課題を前に「できない理由を考える」のではなく「困難をどう乗り越えるか」という姿勢で30 ファイナンス 2021 Jul.SPOT

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