ファイナンス 2021年7月号 No.668
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クチン提供ができていない*23。こうした問題に長期的・持続的に対応するために、現在ADBではアジア・太平洋地域におけるワクチン製造企業の生産能力増強に向けた融資の検討も続けられている。この地域にはSII以外にも、インドネシアの政府系製薬企業Biopharma、タイのSiam Bioscience、インドのBharat BiotechやBiological E. Limited、ベトナムのNanogen製薬バイオテクノロジー等、ワクチン製造実績のある製薬会社が少なからず存在する。今後、季節性インフルエンザと同様、COVID19ワクチンの接種が定期的に必要になる可能性が高いこと、また発生する変異種に対応できる複数のワクチンが必要となることを考えると、地場の製薬産業の生産能力向上への支援は、ADBが局横断的な取組みを強化すべき、避けて通れない課題だ。4危機対応の背景にある力本シリーズを通じて紹介してきた様々なエピソードが示す通り、パンデミック発生という創業以来の事態に際して、ADBは史上最大規模の支援を、史上最速のスピードで、変わりゆく顧客のニーズにできる限り柔軟に対応しながら提供してきた。その過程では「One-ADB」のアプローチを通じて深められた関連各局の協働を通じて技術協力と政府及び民間企業向けの融資が有機的に組み合わせられていった。さらに世銀、AIIB等の開発金融機関や民間金融機関、そしてUNICEF、GAVI、WHO、UNICEFといったグローバルヘルス分野の主要プレーヤーとのパートナーシップを通じて、それぞれの付加価値が高められていった。また、これらの対応は、前触れなく始まった職場閉鎖とほぼ全職員の長期間にわたる在宅勤務といった異例の状況の下で実現したものだ。2020年初に突然発生した危機に対して、ADBは、なぜ、このような対応をできたのだろうか。本シリーズの締めくくりとして、以下ではこの問の答えとなる5つの要素に光を当てていきたい。*23) COVAXは当初、2021年2月~5月までの間に世界中の中・低所得国に対して合計1億1,100万回分のワクチンを提供する予定であったが、SIIからの供給が滞ったことで、提供できた量は、7,700万回分に留まっている。*24) ADFとOCRの勘定統合の詳細な内容や経緯については、「アジア経済はどう変わったか―アジア開発銀行総裁日記」(中尾武彦著)の「第12章:ADBの業務を改革し、新戦略を練る」における「通常資本と譲許的資金の資本統合による貸付能力の拡大」(293ページから300ページ)、及び「アジアはいかに発展したか―アジア開発銀行がともに歩んだ50年-」(ピーター・マッコーリー著 浅沼信爾、小浜裕久監訳)における「革新的な財務改革:アジア開発基金の融資機能と通常資本財源の統合」(334ページ~338ページ)を参照されたい。(1) 強固な財務基盤ADBが「銀行」である限り、十分な資本金に支えられた健全な財務はあらゆる業務の基盤だ。また、ADBが「開発銀行」である所以は、AAAの格付けをもって資本市場から安価かつ安定的に資金調達をすることで、途上国政府に対して、彼らが自ら国債を発行して資金調達をするよりも長期かつ低利の条件で、国づくりに必要な資金を提供できることにある。従って、危機に際して融資額を膨らませて対応しようというならば、それに見合う資本金を危機前から有していなければならない。特に今回のパンデミックのように先進国も含めた世界全体が厳しい危機に陥り、財政状況が悪化している中にあっては、加盟国に対して増資を求めて財務基盤を充実させることは、政治的にも、時間的にも、現実的な選択肢とは言い難い。この点、前号の「6.史上最大の支援を支えた資金調達」で詳述した通り、2020年、ADBは史上最高額となる総額350億ドルの資金を、債券発行を通じて資本市場から調達している。そして、このような思い切った対応ができたのは、ADF(アジア開発基金)の超低利・超長期融資に係る貸付債権とそれに見合う資本金を、準市場金利で融資をするOCR(通常資本財源)のバランスシートに統合させることで、加盟国からの増資に頼らずに自己資本金を172億ドルから480億ドルへと3倍近く増加させるという、中尾前総裁のリーダーシップの下でADBが2017年1月に実現した革新的な取組み*24があったおかげだ。また、2020年4月に発表した200億ドルの支援パッケージ、及びAPVAXを通じた90億ドルのワクチン調達・予防接種展開支援の枠組みを策定する過程では、理事会メンバーから、ADBの財務の持続可能性について常に厳しい指摘が出された。これに対して、ADBの財務局及びリスク管理部門は、危機の深刻化・長期化によるADBの貸付先の信用力低下とADBの貸倒引当金の増加がADBの業務純益や資本に与え得る負荷について複数のシナリオを提示して入念に分析した。戦略・政策・パートナーシップ局は今回の危機対 ファイナンス 2021 Jul.29パンデミック下の途上国支援SPOT

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