ファイナンス 2021年6月号 No.667
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銀行はなぜ殊更他の業態に比べて厳しい規制が課されているのでしょうか。池尾(2010)によれば、銀行規制の根拠は2つに分類されます*2。第一に、銀行は預金という商品を取り扱うがゆえ、一国の貨幣制度・決済制度の担い手であり、これらはあらゆる経済活動の基盤となるためです。例えば、銀行が破綻することにより決済システムが滞ることがあれば経済全体に多大なマイナスの影響を与えることは明らかでしょう。銀行業以外でも、電力など基盤的なサービスを提供している産業は政府による広範な規制を受けていますが、銀行もその意味で健全な運営をするよう規制を課す必要性が生まれるわけです。第二に、預金者は銀行の経営状態を的確に評価する能力に欠ける(あるいはその努力は割に合わない)点です。人々がある銀行を用いている理由は、その銀行を綿密に分析した結果ではなく、その銀行に対する信認に依存していることは読者も実感があるはずです。信認が崩壊した場合、取り付けなどを通じて金融危機が起こることは歴史が示すところであり、政府は預金者の保護を図るとともに、銀行に対する看視者(モニター)としての役割を果たす必要があるわけです。2.2 バーゼル規制とは銀行に対する最も重要な規制はバーゼル銀行監督委員会が課す、いわゆるバーゼル規制です。歴史的には預金を取り扱う銀行が破綻した場合、金融システムへ影響が多大となることから、1988年のスイスのバーゼルで国際的な銀行への規制の合意がなされました。世界共通の最低基準となる規制を課すことで、国際的に銀行システムの安定性を向上させるとともに、国際的に活動している銀行の間で競争条件を平等にすることが企図されました*3。バーゼル規制は、自己資本比率規制を軸にしていますが、同規制は銀行の有するリスクに対して一定程度自己資本で資金調達することを要請するものです。自*2) ここでの記述は表現を含め、池尾(2010)のp.70-76を参照しています。池尾(2010)は前者を外部不経済、後者を情報の非対称性という経済学の観点で、政府介入の正当性を議論しています。詳細な議論は池尾(2010)を参照してください。*3) ここでの記述は佐藤(2007)などを参照にしています。佐藤(2007)は、「1988年に国際統一基準が合意された背景としては、銀行業務の自由化・国際化の進展、金融市場の国際的相互連関の強まりの中で、各国銀行監督者の間に以下の2点について共通の問題意識が広がったことがある。第1は、国際的に銀行システムの安定性を向上させる必要性である。また第2は、国際的に活動している銀行の間で競争条件を平等にする必要性である」(p.24)と指摘しています。*4) 日本語ではしばしば「自己資本を積む」という言い方をしますが、筆者は適切ではないと思っています。なぜなら、自己資本は資産サイドではなく、調達サイドに相当するからです。アドマティ・ヘルビッヒ(2014)は「『キャピタル(自己資本)』という言葉を誤解している人は多い。メディアの報道にも、新たな規制を満たすために、銀行は自己資本を『とっておく』必要がある、という表現が目立つ。『自己資本を蓄えておく』といった表現からは、自己資本規制は銀行に対して、現金を経済の役に立てず、無駄に遊ばせておくよう義務付けるような印象を受ける。(中略)こうした誤解が有害なのは、現実には存在しないコストやトレードオフがあるかのように見せかけ、政策議論をゆがめるからだ」(p.9)と指摘しています。己資本とは、投資家が主に株式などを通じて銀行へ出資したものです。株式の投資家はいわばリスクを取ってもよいと考えている主体ですから、銀行が株式を通じて資金調達しているとすれば、リスクをとっても良いと考えている主体から資金調達しているといえます。銀行が多大な損失を被った場合、株式で多くの資金調達をしていれば、まずは彼らに責任を取ってもらうことができます*4。反対に預金ばかりで資金調達を行い、銀行がビジネスを行った場合はどうでしょうか。この場合、銀行は、元本保証を前提とする人々から資金調達をしているわけですから、もし仮にその使途を誤り大きな損失を被った場合、預金が棄損するということが起こりえます。これはほとんどの預金者にとって許容できないことでしょう。そこで、バーゼルの規制では、銀行がとっているリスク量(これをバーゼル規制の言葉ではリスク・アセットといいます)を算出したうえで、このリスク量に対して一定程度、リスクをとってよいと考えている投資家からの資金調達、すなわち、自己資本による調達を要請するという形で、銀行経営の安全性を担保しているわけです。具体的には自己資本比率=自己資本リスク・アセットが一定以上になるような運用が規制当局から求められているわけです。1980年後半に導入されたバーゼル規制はその後、様々な発展をしていきます。リスク・アセット測定の精緻化や金利リスク規制の導入等は2000年後半から導入されました(これに伴い、バーゼル規制はバーゼルIIと呼ばれるようになります)。バーゼルIIが導入されて間もなく、リーマン・ブラザーズの破綻などを発端とした世界金融危機が起こり、これまでの規制を抜本的に改正する必要性が生まれます。本稿では金利リスクに焦点を当てるため深堀りしませんが、金融危 ファイナンス 2021 Jun.61シリーズ 日本経済を考える 113連載日本経済を 考える

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