ファイナンス 2021年6月号 No.667
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を整えていた。200億ドルの支援パッケージへの理事会合意が得られたその僅か10日後、4月23日に理事会の承認を全会一致で得、同日フィリピン政府との署名に至ったCPRO第一号。総額15億ドルというCPROの国別上限*16いっぱいの規模とスピード感をもって提供されたフィリピン向け緊急財政支援には、その後に続くADBのCPROを通じた支援において重視された以下5つのエッセンスが詰まっている。(1) 既存の社会保障チャネルの活用と的を絞った支援の展開:危機対応を急ぐあまり、的を絞らないばらまき型の現金給付が展開されれば、支援がなければ生活が立ち行かないほど困っている人々のもとに届く金額が少なくなってしまう一方で、希少な財政資源を必要以上に費消してしまう。他方、危機の最中に現金給付の仕組みを一から作っていたのでは、明日の食事にも困っている人々の手に必要な資金をタイムリーに届けることはできない。こうしたジレンマを乗り越えるべく、フィリピン向けCPROでは、政府がひと月8,000ペソ(約1万6千円)の現金を合計1,800万世帯(全人口の75%)に対して給付するにあたり、ADBが過去10年以上にわたり技術協力やローンを通じてそのデザインや実施体制を強化してきた貧困層向け条件付き現金給付プログラム「4P:Pantawid Pamilayang Pilipino Program(フィリピン家族のための橋渡しプログラム)」*17を活用することで、スピードとターゲット絞込みの両立を目指した。また政府が小規模・零細事業者向けの減税や補助金プログラムをデザインするにあたっては、ADBが並行して実施していた部門別の生産、雇用、収入に関するデータ及びその分析結果が活かされた。*16) 有限なCPROの財源が「早い者勝ち」で費消されることがないよう、グループ別に設けた上限の目安(Group-C:1,500億ドル、Group-B:500億ドル、Group-A:250億ドル)と名目GDPの0.5%かのいずれか小さい額を国別の上限額として設定した。また名目GDPが極めて小さい太平洋の島嶼国等が必要十分な額のアクセスを得られるよう、2,000万ドルを下限として設定した。なお、一人当たりの国民所得や市場からの信用力高いGroup-Cの国々により大きな上限枠を設定しているのは、こうした国々への融資条件が市場金利に即した水準とされているためADBのバランスシートへの負荷が、長期・低利の融資の対象となるGroup-BやAの国々に対する支援よりも低いためである。*17) 4P:フィリピン政府が2007年に導入、社会福祉開発局が所管する貧困層向け条件付き現金給付プログラム。人口の約20%を占める貧困家庭の0歳から18歳までの児童に対して現金を給付。世帯の子ども一人に対して(1)子供の健康向上のための費用として月額500ペソ、(2)教育費用として月額300ペソが政府系銀行(Land Bank of the Philippines)の窓口または携帯電話の送金機能を通じて給付される。また、現金の給付条件として両親およびその子どもに対して以下、全ての要件を満たすことが求められている。 ・妊娠している母親は出産前、および出産後のケアを受けること。また、出産時は適切な訓練を受けた助産師が同伴していること。 ・保護者は家族開発(育児、健康、栄養等)に関する研修に参加すること。 ・0歳から5歳までの子供は定期的に健康診断とワクチン接種を受けること。 ・6歳から14歳までの子供は年に2回の駆虫薬の服用、3歳から18歳までの子供は学校に通い、毎月の授業の出席率が85%以上でなければならない(出典:JETRO:ASEANにおけるヘルスケア制度・政策調査)*18) 出典:Design and Monitoring Framework, Appendix1, Proposed Countercyclical Support Facility Loans Covid19 Active Response and Expenditure Support Program (Philippines), COVID19 Active Response and Expenditure Support Program Monitoring Report (July-December 2020)なお、支援対象の絞り込みにあたっては、貧困層、特に女性を重視した。パンデミックの影響を最も強く受けている飲食店やホテル等のサービス業では相対的に女性従業員が多いこと、そして、4P対象世帯の85%の世帯主が女性であることに示されている通り、生活困窮世帯の多くが母子家庭であるためだ。(2)実施状況のモニタリングと成果管理危機対応のための、ほぼ無条件での緊急財政融資であるからこそ、実施状況のモニタリングと成果管理は、平時のプロジェクト融資以上に重要だ。この点、ADBはフィリピン政府とともに経済対策の実施状況や効果等について四半期に一度分野別に議論しフォローアップをするための「Country Engagement Framework」を設けている。また、CPROを活用した経済対策を通じて達成するべき成果について、フィリピン政府とADBが共同作業を通じて、「何を、いつまでに実現するか」を項目別に具体的な指標をもってまとめた枠組みを準備段階で作成し、実施段階で定期的にモニタリングをしている。以下に、その一部を紹介したい*18。項目目標達成状況COVID19の感染拡大防止策の実施・2020年5月末までに、COVID19の検査実施能力を一日8,000件に引き上げる(ベースライン:一日3,000件)・5月11日に達成。・2021年1月31日現在、一日当たり約2万8,000件の検査が可能。・2020年7月末までに、COVID19の検査結果判明に要する時間を48間以内に短縮する(ベースライン:最低7日)・2021月2月15日現在、結果判明までの平均時間は1.38日に短縮。貧困層・脆弱層向け支援プログラムの実施・2020年7月末までに、1万ペソ~1万6,000ペソの現金を4Pプログラムの対象である440万世帯(内85%は女性)に給付・2021年1月末現在、4P対象の420万世帯に総額183億ペソを支給。・追加で総額68億ペソを130万世帯に支給。・2020年7月末までに、1万ペソ~1万6,000ペソの現金を4Pプログラムの対象ではない1,360万世帯に給付・2021年1月末現在、総額804億ペソを1,330万の低所得世帯に支給・追加で総額717億ペソを1,100万の低所得世帯に支給 ファイナンス 2021 Jun.41パンデミック下の途上国支援SPOT

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