ファイナンス 2021年6月号 No.667
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1はじめに本シリーズでは、2020年初に新型コロナウィルス(COVID19)の蔓延が始まって以降、筆者が、アジア開発銀行(ADB)の総裁首席補佐官として、あるいは、マニラの一市民として直接関わってきた問題と、その解決のために採られてきた様々な取組みを、ミクロとマクロ、双方の視点をもって振り返りながら、パンデミック下の途上国支援について考えていく。第三回となる本稿では、COVID19の流行が全世界に広がり、各国が経済・社会・公衆衛生上の危機へ陥っていく2020年第2四半期から年末までの間、ADBがアジア・太平洋地域の発展途上国に対してどのような支援を展開してきたか、そして、長期化する危機に伴う組織経営上の課題に如何に対処したかを紹介していきたい。2マニラの貧困層に対する食糧配布プログラムの展開2020年4月6日月曜日、マニラ首都圏タギッグ市(Taguig City)のピナグサマ地区(Barangay Pinagsama)に浅川雅嗣総裁の姿があった。タギッグ市といえば、マニラ随一の富裕層居住地域、ボニファシオ・グローバル・シティ(BGC:Bonifacio Global City)で知られている。しかし、一歩BGCを出れば、トタン屋根とコンクリートのブロックで作られた質素な家々が密集する貧困地区が広がっている。この日浅川総裁が「Bayan Bayanihan(タガログ語で「母国協働」の意味)」のメッセージが刻まれた約5キロの麻袋を腕に抱えながら歩いたピナグサマ地区もその一つだ。袋には、4-5人家族が二週間ほど食いつなぐことができる米や缶詰食品等が詰まっている。*1) 出典:ADB News Release | 1 April 2020 “ADB Launches $5 Million Project to Provide Food Supplies to Philippine Households Hard Hit by COVID-19”*2) 詳細は「パンデミック下の途上国支援~其壱:マニラの最貧地区でコロナ禍を生きる人々の苦悩と挑戦~」(ファイナンス2021年4月号)を参照されたい。「Bayan Bayanihanプロジェクト*1」は、ADBがフィリピン陸軍、社会福祉開発省(DSWD:Department of Social Welfare and Development)、民間企業、及び教会と連携して、マニラ首都圏の貧困層・脆弱層5万5千世帯を対象に食料や日用品を配布する人道支援だ。民間企業からの現金・現物贈与に加え、数多くのADBスタッフ、元スタッフからの寄付が500万ドルもの人道支援を展開するうえでの財源となった。「Bayan Bayanihanプロジェクト」実施のために、マニラの貧困地区に足を運び、人々に直接食料等を手渡す浅川総裁本シリーズの第一回*2で詳述した通り、この時期、3月15日から実施された極めて厳格なロックダウンにより多くの人々が職を失い明日の生活にも困る状況に陥っていた。また、前号で紹介した通り、ADBの多くのスタッフも不安に駆られながら業務に励んでいた。そんな中、ADBがフィリピンの多様なプレーヤーと気持ちを一つにしてリソースを集め、ロックダウンの影響を最も受けていた人々に生活の糧を差し伸べていく「Bayan Bayanihanプロジェクト」の成功は、人々の不安や恐れを、「危機を共に乗り越えていこう」アジア開発銀行総裁首席補佐官 池田 洋一郎パンデミック下の途上国支援―其参 長期化する危機に挑むアジア開発銀行―38 ファイナンス 2021 Jun.SPOT

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