ファイナンス 2021年6月号 No.667
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1.はじめにわが国では昨今、様々な決済インフラの変革が進展している。全国銀行資金決済ネットワークのノンバンク事業者への開放が議論され、銀行間送金の手数料の引き下げが進むほか、キャッシュレス支払いの利用が非連続的な成長を遂げ、QRコード決済の仕様統一化も進んでいる。これらの担い手となる電子マネー事業者においても、高額送金を可能とする類型見直しが行われているほか、給与の受け取りを可能とする検討も進んでいる。これらの複合的な取り組みは、従来は銀行口座に偏っていた送金・決済手段の担い手を、社会のデジタル化に呼応して広げる動きとも捉えられる。そのような中、CBDCは決済インフラのレベルを根本的に底上げする可能性が注目されている。ただしそのあり方を巡っては、前例のないトピックともあって様々な議論があるのも事実である。本稿ではフィンテック事業者の視点から、CBDCへの期待と実現に向けた考え方を述べることとしたい。2.変貌する経済取引の形決済は本来、経済取引の裏側で対になって発生する営みである。そのため、経済取引のあり方が変われば、決済の理想像も変わることとなる。過去10年で起きた変化を考えてみたい。消費者は、従来ならスーパーでまとめて行っていた買い物を、複数のEC(電子商取引)サイトで別々に購入するようになった。事業者も紙で受け取る請求書を振込用紙で処理する状況から、オンラインでの請求確認と振り込みを行うようになった。そして今後、人工知能が様々な自動化を可能にする世界では、ECサイトが消費履歴に基づいた自動注文をし、電子的な請求書を受け取った債務管理サービスが月締めを待たずに支払いを自動指示していく世界観がある。決済取引の性質的には、多頻度化と高度な自動化が進んでいくこととなる。決済インフラの変革は、このような社会的変化に即して、経済成長を阻害しないように行われる必要がある。すなわち、今後の決済システムでは、多頻度で様々な情報が付された決済・送金契約を、できるだけ即座に処理することが求められる。様々な決済ネットワークが存在する中、CBDCがその役割を本丸として担うべきかには議論の余地があるが、決済インフラが全体としてそのような機能を提供・発揮していくことは担保する必要がある。近年、米国や英国、シンガポールやタイといった国々では金融機関と専門家のみならず、利用者やソフトウェア企業も含めた、エコシステムとしての決済インフラの有効性の検討が行われている。その背景として、決済インフラが高い性能や堅牢性を発揮するのは当然として、利便性の観点が利用者および開発者の目線から求められるようになっていることがある。わが国では、そこまでのステークホルダー型のインフラの検討はまだ行われていない段階ではあるが、その一部を構成するCBDCにおいても、類似の思想を持った検討を行うことが望ましい。3.競争環境と包摂性の確保CBDCが決済のイノベーションに寄与する方向性を三点ほど述べたい。1つ目は、民間における様々な取り組みの参入障壁を下げる役割である。仮に、電子マネーのチャージや引き出しでCBDCとの出し入れが容易であれば、様々な決済事業者の林立に伴う利用者側の不便や不安を軽減し、新しいサービスを利用するハードルを下げることができる。店舗側でも、シェアの小さな決済事業者がCBDCを経由して売上を入金できるのであれば、同様に参入障壁を下げることができる。このような状況は多様な決済サービスの誕生を可能とする。2つ目は、包摂的なキャッシュレス手段の提供である。わが国の一般的な消費者の中には、クレジットカードを負債の一種として敬遠したり、現金による物理的な予算管理を行いたい層が、相当数存在する。また身体の障害等の理由で、スマートフォンを用いたキャッシュレスサービスを容易に利用できない人たちもいる。一般利用型CBDCの検討では、現金と同程度の安心感やユニバーサルアクセスが必要条件となる目線があるが、これらは過去の民間事業者が経済合理性上提供できなかったツールを、公共財として提供する側面がある。いずれ現金のない社会を実現するにあたって、これは避けて通れない道でもある中、利用者に優しいサービスを開発する官民の連携も重要なテーマといえる。3つ目は、CBDCへのプログラマブルなお金としての期待CBDCを通じたイノベーションへの期待株式会社マネーフォワード 執行役員CoPA兼Fintech研究所長 瀧 俊雄14 ファイナンス 2021 Jun.

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