ファイナンス 2021年6月号 No.667
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一般利用型CBDC(中央銀行デジタル通貨)について三菱UFJ銀行 経営企画部 部長 山井 康浩同 経営企画部 調査役 佐藤 涼介1.はじめに国内外で中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する議論や検討が活発に行われている。2020年に国際決済銀行(BIS)が各国中央銀行に対して実施した調査*1では、回答した65の中央銀行(先進国21、新興国44)のうち、86%がCBDCに関連する業務に携わっていると回答、実証実験に進んだ中央銀行の比率も60%となっている。この間、バハマやカンボジアでは一般利用型CBDCが正式に導入され、中国では個人や企業を巻き込んだ大規模な実証実験が複数回にわたり実施されている。BIS決済・市場インフラ委員会の報告書*2ではCBDCは「民間銀行が中央銀行に保有する中央銀行当座預金とは異なるデジタル形式の中央銀行マネー」と定義され、日本銀行の定義によると、デジタル化されていること、円などの法定通貨建てであること、中央銀行の債務として発行されることの3つを満たすものとされている*3。また、その利用形態に応じて、金融機関間の決済でのみ利用できる「ホールセール型」と企業や個人も利用できる「一般利用型」に大別される。本稿では後者の一般利用型CBDCを念頭に、民間金融機関の立場からみた概観や今後詰めるべき論点等について述べる。なお、本稿の意見に関する部分は筆者らの個人的な見解であり、筆者らの所属する組織の見解を表すものではない。2.一般利用型CBDCの通貨における位置づけまず、一般利用型CBDCが、既に存在する各種通貨/決済手段の中でどういった位置づけになるかを確認する。そもそも通貨は商品交換の際の媒介物で、価値の尺度、流通の手段、価値の貯蔵の3つの機能を持つものである。現在、通貨には中央銀行/政府が発行し、物理的形態である紙幣・貨幣からなる「現金通貨」(国内発行残高約110兆円)がある。これに加え、預金取扱金融機関が発行する電子形態にデジタル化された民間通貨として「預金通貨」(国内発行残高約*1)Codruta Boar and Andreas Wehrli, “Ready, steady, go? - Results of the third BIS survey on central bank digital currency,” BIS Papers, No.114, 2021.1. 〈https://www.bis.org/publ/bppdf/bispap114.pdf〉*2)Committee on Payments and Market Infrastructures and Markets Committee, “Central bank digital currencies”, 2018.3.〈https://www.bis.org/cpmi/publ/d174.pdf〉*3)「中央銀行デジタル通貨とは何ですか?」日本銀行ウェブサイト〈https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c28.htm/〉*4)日本銀行のマネーストック統計における「預金通貨」(要求払預金)残高840兆円*4)がある。現在はこれら二つが国内で通用する通貨の大半を占める。現金通貨と預金通貨との違いは、形態(物理形態/電子形態)の違いに加え、発行主体(中銀・政府/預金取扱金融機関)の違い、すなわち信用リスク及びファイナリティー(決済完了性)の違いがある。預金通貨の価値の裏付けは民間信用であるため、預金保険機構によるセーフティネットが存在するとはいえ、一定の信用リスクが存在する。一方、現金通貨は国や中央銀行の信用に基づいて発行されるため信用リスクは(国に対するリスク以外は)実質的に存在しない。また、預金通貨による決済は最終的に金融機関間での資金移動を必要とする一方、現金通貨による決済は完全に終了され、事後的に取り消されることがない。さらに、デジタル化された決済手段として、民間発行の電子マネー(本稿では非接触型ICカードや携帯端末を用いたプリペイド方式の支払手段を指す)が存在する。電子マネーは、定義上は決済プロセスにおいて現金や預金の受渡しが介在するため通貨そのものではなく通貨の補助又は代用とする指摘もあり、日本銀行のマネーストック統計上も通貨には含まれていない。一方で日々の購買や個人間送金等では日常の決済手段として幅広い利用が進んでいる。こうした状況を踏まえると、一般利用型CBDCの導入は、デジタル化された公的通貨の「新商品」の導入とみることも可能である。このような「新商品」の導入には、内外の多くの研究が指摘するように多様なメリット・リスクが存在し得る。具体的にどういうメリット・リスクがあるかは一般利用型CBDCで実現を目指す意義・目的や具体的な設計・実装方法に応じて様々である。このため、一般利用型CBDCを社会・経済課題解決に繋がる真に意義あるものとするためには、多様な論点の検討が必要である。こうした論点のうち、公的通貨の「新商品」である一般利用型CBDCが民間通貨/決済手段(前掲の預金通貨・電子マネー等)と補完的なのか競合的なのかは最も大きな論点となる。残高として最も大きい民間通貨である預金は、全銀システムを通じ約1,200の預金取扱金融機関間で年間18億件の取引を処理することで預金取扱金融機関間の相互運用性を確保12 ファイナンス 2021 Jun.

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