ファイナンス 2021年5月号 No.666
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様のことが指摘できよう。高橋財政以降、日本経済は財政膨張、ひいては戦時財政、ハイパー・インフレーションを招いてしまったが、これも方向転換に向けた足下の経済状況の正確な認識が容易でないことを示すものであろう。加えて、先行研究でも指摘のあるように、財政規律を確保する信頼性のあるメカニズムについても、その構築の難しさが、政策の方向転換に影響を与える可能性があろう。その一方で、歴史的経験を活かすという点についても注意が必要であることが、高橋の経験及び高橋財政への評価から指摘できよう。一般的に歴史的経験を活かすという場合、歴史的事象の背景や経緯及びその帰結から示唆を得ることが重要である。しかし、高橋財政への評価が多様であることからわかるように、歴史的事象から示唆を得る際には、執筆者の考え方が反映される点を考慮する必要がある*19。そのため、歴史的経験を活かす際には、単に歴史的な出来事に着目するのみでは不十分で、執筆者の視点をも意識する必要があろう。参考文献飯田泰之・岡田靖「昭和恐慌と予想インフレ率の推計」『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社、2004伊藤正直「高橋財政をめぐる論点整理」『金融経済研究』第40号、2018井手英策『高橋財政の研究―昭和恐慌からの脱出と財政再建への苦闘』有斐閣、2006岩田規久男「昭和恐慌の教訓」『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社、2004―「レジーム・チェンジとしての高橋是清の財政金融政策」『金融経済研究』第40号、2018岩田規久男編『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社、2004大石嘉一郎「昭和恐慌と地方財政―農村財政を中心として―」『昭和恐慌〔ファシズム期の国家と社会1〕』東京大学出版、1978大門正克『全集 日本の歴史 第15巻 戦争と戦後を生きる』小学館、2009大蔵省昭和財政史編集室編『昭和財政史(戦前編)』東洋経済新報社、1965岡田靖・足立誠司・岩田規久男「昭和恐慌にみる政策レジームの大転換」『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社、2004加藤陽子「二・二六事件と広田・林内閣」『日本歴史大系5』山川出版社、1989川名明彦「スペインインフルエンザ(後半)」『過去のパンデミックレビュー』内閣官房新型インフルエンザ等対策室、2008小宮隆太郎「ケインズと日本の経済政策―是清・湛山・亀吉の事績を通じて」『ケインズは本当に死んだのか』日本経済新聞社、1996鎮目雅人「両大戦間期の日本における恐慌と政策対応-金融システム問題と世界恐慌への対応を中心に-」『日銀レビュー』2009-J-1日本銀行、2009―「感染症の社会経済史的考察-新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大への含意を念頭に-」『Discussion *19) この点は、もちろん井上財政への評価にも当てはまる。本稿では政策転換の難しさに焦点を当てているが、例えば井上財政の限界を認めつつも、デフレ政策が企業へ合理化を強制した一方で、カルテル活動の保護強化策として重要産業統制法を、不成立には終わったものの労働組合法を提供しようとしていた点に着目し、資本蓄積維持と階級間融和を課題とする20世紀型資本主義の経済政策の特徴がみられるという指摘もある(三和,2012)Paper Series』DP2020-J07神戸大学経済経営研究所、2020島恭彦『大蔵大臣』岩波書店、1949清水唯一朗・瀧井一博・村井良太『日本政治史―現代日本を形作るもの』有斐閣ストゥディア,2020関野満夫「アジア太平洋戦争期日本の戦争財政」『経済学論纂(中央大学)』第59巻第5・6合併号、2019長幸男『昭和恐慌―日本ファシズム前夜―』岩波新書、1973中村政則『昭和の恐慌』小学館、1982中村英隆『昭和恐慌と経済政策』講談社、1994日本銀行百年史編纂委員会編『日本銀行百年史』、1986原田泰・佐藤綾野・中澤正彦「昭和恐慌期の財政政策と金融政策はどちらが重要だったか?」『ESRI Discussion Paper Series No.176』内閣府経済社会研究所、2007古川隆久「世相から見た二・二六事件」藤原書店編集部編『二・二六事件とは何だったのか』藤原書店、2007松元崇「明治憲法下の財政制度(26)―臨時軍事費特別会計―」『ファイナンス』通巻504号、2007―『恐慌に立ち向かった男 高橋是清』中央公論新社、2012―「われわれは、高橋是清からなにを学ぶのか」『金融経済研究』第40号、2018三和良一『概説日本経済史 近現代[第3版]』東京大学出版会、2012若田部昌澄「昭和恐慌をめぐる経済政策と政策思想:金解禁論争を中心として」『ESRI Discussion Paper Series No.39』内閣府経済社会研究所、2003―「『失われた13年』の経済政策論争」『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社、2004略年表1917(大正6)金輸出禁止1919(大正8)米国が金本位制へ復帰1923(大正12)関東大震災1927(昭和2)昭和金融恐慌1929(昭和4)民政党・浜口内閣(井上準之助蔵相)成立NYウォール街の株価暴落から世界恐慌発生1930(昭和5)ロンドン軍縮会議浜口内閣(井上蔵相)で旧平価での金輸出解禁を実施浜口首相が銃撃され重傷昭和恐慌(~1931年)1931(昭和6)満州事変イギリスが金本位制を停止犬養内閣(高橋是清蔵相)で金輸出再禁止実施1932(昭和7)満州国成立日銀引き受けによる政府支出(軍事予算等)を増額五・一五事件において犬養首相殺害、斎藤実内閣(高橋是清蔵相)成立1933(昭和8)日本が国際連盟を脱退1934(昭和9)帝人事件により斎藤実内閣総辞職、岡田啓介内閣(藤井真信蔵相)成立藤井蔵相が病のため辞職、高橋が蔵相に就任1936(昭和11)二・二六事件において高橋蔵相殺害、広田弘毅内閣(馬場鍈一蔵相)成立臨時町村財政補給金制度成立1937(昭和12)林銑十郎内閣(結城豊太郎蔵相)、臨軍公債の日銀引き受けを開始80 ファイナンス 2021 May.シリーズ 日本経済を考える 112連載日本経済を 考える

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