ファイナンス 2021年5月号 No.666
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メッセージは放棄する。「何を支持するか」ではなくて、「何を支持しないか」ということで結集していく。そういう情報環境の中で、まさにトランプは水を得た魚のように、跳ねながら政治的な影響力を増大させていったのだと思います。ですから、この「トランプ的なるもの」は、トランプが生み出したわけではなくて、ある種の情報空間にトランプという人がうまくはまったということだと思います。5.トランプを超えるもの(1)保守主義の終焉2021年1月6日の米連邦議会議事堂乱入事件の発生でトランプレガシーが相当傷付きましたが、おそらくレーガン時代以来の保守主義の否定が、トランプの最大のレガシーの一つなのだと思います。米国の保守主義は、「小さな政府」、「理念×パワーに依拠した国際主義」、「信仰に根ざした良き生活」という三つの柱のバランスが取れているときにうまくいくと言われてきました。しかし、トランプ主義というのは、この三つの理念をいずれも否定しています。また、保守主義は本来、変化を許容しつつ、変化の仕方やスピードを変えていくものだと思いますが、トランプは変化そのものを否定する、反動という方向に行ってしまっています。つまり、トランプ主義自体が保守主義の否定になっています。トランプ主義が共和党を乗っ取ってしまうようになったので、トランプ主義こそ保守主義だという言説になっています。少なくともレーガン以来、米国で保守とされてきたものの全否定の上にトランプ主義は成り立っているということを、わきまえておくことが重要だという気がします。(2)共和党が取り組もうとした改革に逆行さらにトランプ主義が行ったことは、共和党が取り組もうとした改革を潰してしまったことです。共和党は2008年、2012年と2回連続大統領選挙に負けているので、共和党を立て直さなければいけないという動きが特に若い世代の間であり、これを率いていたのがポール・ライアンとエリック・カンターです。二人は変わっていく米国に適応できるような保守主義のあり方を模索しますが、2014年以降、トランプは大統領選挙を目指す動きの中で、そうした共和党内の保守主義再定義の試みをすべて潰していきます。6.大統領選挙以降(1)トランプ陣営選挙結果認めず大統領選挙以降、ソーシャルメディア空間の特性を使って、トランプ陣営は選挙不正があったということを言い続けています。今回トランプ大統領に投票した人は7,400万人に及びましたが、そのうちの8割程度が今回の選挙結果は認めない、不正があったと主張しています。つまり、6,000万人がトランプの嘘を完全に信じているということになります。大統領選挙以前の「トランプ現象」を私はカルトと呼ぶことには抵抗がありました。しかし、選挙が終わって以降のトランプ大統領とトランプをサポートする人たちのグループは「カルト」と言っていいと思います。6,000万人の中には普通の人もいるでしょうが、ソーシャルメディア空間と背景にある政治的な分断という状況の中では、普通の人でも容易にカルト的な言説もしくは陰謀論を信じてしまうことが今回の状況の怖さだと思います。(2)論理的帰結としてのMAGA反乱トランプ支持者たちによる連邦議会議事堂乱入事件は、やはりトランプ現象とは切り離せないので、私はMAGA(Make America Great Again)反乱あるいはトランプ反乱といってもいいと思っています。4年前にトランプ大統領を米国人が選択したことの論理的な帰結として捉えた方がいいのかなという感じがしています。すなわち、「バイデンが8,100万票以上の票を獲得できるわけがない。そいつがトランプから大統領を奪い取ったのならば、当然、自分たちは民主主義の守り手として、今議会で起こることを阻止するのだ。」という主張に繋がっていくのは論理的な帰結だろうと思うのです。そういう中で、いわば制度の側に立って、正しいことをやろうとしたペンス副大統領、そしてマコーネル上院多数派院内総務は、トランプ支持者から裏切り者として位置付けられました。 ファイナンス 2021 May.65職員トップセミナー 連載セミナー

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