ファイナンス 2021年5月号 No.666
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思います。この頃から徐々に、二極分化といわれるような現象が加速していきました。では、その背景にどういう構造力学があったのかというと、一つは冷戦の終焉です。90年代以前には、国内で様々な意見の相違があっても、外に向き合ったときには米国は一つにならなければいけないという、大きなコンセンサスを生む空気があったと思います。米国は国の存立を脅かすような崩壊要因をたくさん内部に抱えた国です。人種を巡る対立もそうですし、言語、文化、宗教等々、最近はそこにジェンダーも加わり、国の一体性を脅かすような要素が冷戦後によりはっきりと認識されるようになりました。(2)多文化主義おそらくその頃から多文化主義が統治思想として米国の中で影響力を持っていきます。多文化主義は、多様性そのものを礼賛するということです。冷戦が終焉して外に脅威がなくなり、米国が実は非常に分散的な要素を内部に抱え込んでいることがよりはっきり分かるようになり、それをあえて礼賛するような多文化主義が、政治的な力として大きくなっていきました。それに対する反動として、保守主義が人々の意識の中に浸透していったのだと思います。保守主義とは、簡単に言うと「小さな政府」、「理念×パワーに依拠した国際主義」、「信仰に根差した良き生活」、この三つがおそらく保守主義の軸で、この考え方が人々の間に浸透していきました。そうして「多文化主義的なる動き」と「保守主義」の対決がより鮮明になっていったのが、この時代なのだろうということです。(3)ゼロサム状況を加速させるアジェンダそれと並行して、ゼロサム状況を加速させるような政治的、社会的な争点がこの頃に一気に目立つようになってきました。具体的には、中絶や同性婚、ガンライツ(銃を保有する権利)などです。こうした問題は妥協点を模索することが難しい争点です。認めるか認めないか、0か100かというゼロサム状況を加速させる検討課題が次々と政治空間に入り込んでいきます。(4)情報空間の変容さらに、90年代には情報空間が大きく変容していきます。一般にメディアの「部族化」と呼ばれている現象です。保守系メディアとしてのラジオが急速に普及し出すのが1990年代前半です。テレビでは、保守派の情報発信の戦略的な拠点だったFOXニュースネットワークがそのビジネスを立ち上げたのが1996年です。2000年代半ば以降、いわゆるゴールデンタイムにおいては、FOXがCNNを上回るようになりました。CNNは報道にこだわり続けましたが、FOXはオピニオン番組を中心に番組を構成しました。5時台ぐらいから始まるオピニオン番組では、党派的な立場を取ることについて一切躊躇せず、保守主義を明確に軸として掲げたことによって、固定的なファンを囲い込み、FOXを見る人はCNNを見なくなっていきました。その結果、メディア自身が「部族化」していくわけですが、それをさらに加速させたのがSNSなどの情報空間(ソーシャルメディア空間)だろうと思います。そして、そういう空間の中から出てきたのが「トランプ現象」と言えるでしょう。(5)生活空間の政治化こうしたことが積み重なっていく中で、生活空間そのものが全面的に政治化していきます。本来、政治は生活空間全域を呑み込むものではなく、政治が対処できる空間があって、合意や譲歩、妥協をしながらある種の結果を出していきましたが、90年代以降の米国は、中絶やガンライツなど、妥協が見いだせない争点に飲み込まれる形で生活空間が全面的に政治化されてしまいました。2000年代ぐらいまでは、二極分化は典型的にワシントン的な現象として語られていましたが、今や一般社会をも丸ごと飲み込む形で、二極分化が発生しているという状況です。3.「亀裂克服」の模索では、このような90年代以来の状況を米国は何もせずに放っておいてきたかというと、決してそういうことはなく、各政権が亀裂の克服を模索してきたと思います。 ファイナンス 2021 May.63職員トップセミナー 連載セミナー

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