ファイナンス 2021年5月号 No.666
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落すぎで都会的なの、正直ずるい」と返す。奇しくもあるべき中心商店街のポジションを示している。駅周辺区画整理に続く旧城下町エリアのまちづくり事業も功を奏した。イオンモールに通じる中町は「蔵のある街」のコンセプトで修景が進み、土蔵造りのカフェ、スイーツ店や雑貨店が集まるエリアとなった。松本は日用品の美を追及する民芸運動が盛んな土地柄だ。その旗手たる松本民芸家具のショールームが中町にある。インテリアを松本民芸家具で揃えたカフェも周囲に点在している。女鳥羽川を挟んで中町と並行する繩手通は四よはしら柱神社の門前町。隣接する緑町、上あげつち土通はかつて映画館が集まる繁華街だった。浅草の仲見世と浅草六区のような間柄だ。今に残る戦前の建築物を活かしつつ、「大正ロマン」をコンセプトに修景を進めた。跡地に旧市役所の面影を残した市営住宅を建てたのはその一環だ。シネコンに押され映画館はなくなったが、個性的な飲食店が集積するエリアになった。駅周辺区画整理の影響を大きく受けた六九通だが、下層が商業施設で上層がマンションの再開発ビルが建ち風景が一変。元からあった老舗に加え、10cmやミナ・ペルホネンなどデザイナーの直営店が集まる通りになった。それぞれ元はタバコ店や薬局だった店舗を改装したアンティークな店だ。あくまで筆者の印象だが、松本パルコのある伊勢町界隈を東京の渋谷とすれば中町は青山、六九通は代官山のようだ。地元に根付く共存共栄の気風まちづくりのハード面も成功要因に違いないが、その上に乗るソフト面、いわば共存共栄の気風も見逃せない。六九通りから駅前、郊外進出も果たした井上百貨店だが、並行して地元の産業育成にも取り組んできた。地方創生のカギと目される地域商社だが、松本では地元百貨店がその役を担っている。老舗の信頼感と百貨店の目利きを活かして才能を見出し育成。商品化を通じて世に送り出してきた。その送受信アンテナとなるのが駅前の井上本店や郊外のアイシティ21である。県外への販路拡大を睨みまずは期間限定のテスト販売で成否を見極める。成功例がいくつかあるが、例えば六九通の山屋御飴所はじめ老舗3店の食べ比べセット「松本飴箱」がある。地元デザイナーに依頼したパッケージを含め百貨店のネットワークが人を繋ぎ、新たな切り口を得た新商品に結実した。松本の人気カレー店の味をレトルトで再現した「信州松本カリー名店シリーズ」の開発にも井上百貨店が一役買っている。最近は、創立100周年の記念に南安曇農業高校が取り組む「南農カレー」の商品化にあたって、ターゲットの絞り込みなどマーケティング面でアドバイスを提供している。地域活性化を念頭に、製粉で生じるソバの甘皮を飼料に豚を育てる産学連携プロジェクトの一環で、カレーの開発は豚の販路拡大策の意味を持つ。昨年から世の中を悩ませているコロナ禍で、とりわけ飲食店は甚大な影響を被っている。ここで井上百貨店がひと肌脱いだ。郊外店のアイシティ21に特設会場を設え、地元飲食店に呼びかけてテイクアウトメニューを並べた。地元支援の一環として昨年春から度々開催している。レストランの料理を真空パック化したミールキットの販売も始めた。今後インターネット販売も計画中だ。デパ地下の強みが客足を呼び売上好調。地元飲食店にとってコロナ禍中の慈雨になった。中心市街地と郊外、小型店と大型店は役割分担の関係でもある。平時の棲み分けとたゆまぬ成長、そして有事の助け合い。持続可能性が課題のSDGsの時代、それぞれの特性を活かした共生の発想が大切だ。老舗、クラフト系の新店や個性的な飲食店が織りなす街並みの土台にそうした気風があると思うと興味が尽きない。図4 「蔵のある街」中町の街並み(出所)令和元年4月8日に筆者撮影プロフィール大和総研主任研究員 鈴木 文彦仙台市出身、1993年七十七銀行入行。東北財務局上席専門調査員(2004-06年)出向等を経て2008年から大和総研。専門は地域経済・金融 ファイナンス 2021 May.61路線価でひもとく街の歴史連載路線価でひもとく街の歴史

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