ファイナンス 2021年5月号 No.666
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ではないかと思う。筆者は、それをチームの同僚たちに感じた。また、本稿では筆者の視点からADB側の出来事を主に取り上げているが、モルディブ政府関係者こそむしろスポットライトが当たるべき真の当事者であった。上述のとおり、CPROの組成プロセスの期間はムスリムにとって非常に大事な宗教行事であるラマダンと被っていたにもかかわらず、非常に精力的にかつ献身的にその実現のために尽力してくれた。特にモルディブ財務省はこの期間、IMF、世界銀行など他の国際開発金融機関の対応や調整も並行して行っていたはずである。自国の未曽有の危機に対して身を粉にして尽力した彼らにも、また公共の奉仕者の矜持を強く感じることが出来た。本稿で取り上げた緊急財政支援であるCPROの執行期間は、理事会の承認から1年後の2021年6月末である。しかし、本稿の執筆時点(2021年4月)でまだパンデミックは継続しており、モルディブにも感染の第三波が来ている。世界がCOVID-19の脅威から完全に解放されるにはまだもう少し時間がかかりそうである。CPROは当面の危機に対して、一度でまとまった規模の融資を行うという性質の短期的な支援であるが、それだけでモルディブの苦境を解決するものではない。モルディブ経済が中長期的にこの苦境を乗り越えて自走していくためには、モルディブ自身が経済の構造改革に向けた努力を継続的に行っていくことが必要である。例えば、パンデミックのような外生的な経済ショックに対して耐性を持つためには、観光・旅行業に依存している経済を多様化していくことが必要だろう。また、モルディブ政府の財政の健全化・債務の持続可能性を実現するためには、国有企業の財務・業務改革を通じた効率化、税制改革による課税ベースの拡大などの取り組みを実行していかなければならない。さらに、その平坦な地理的特徴ゆえに気候変動に伴う海面上昇やサイクロンといった災害に対しての脆弱性を持*24) ADB Endorses New 5-Year Partnership Strategy for Maldives https://www.adb.org/news/adb-endorses-new-5-year-partnership-strategy-maldives*25) ADBは、ストラテジー2030という中期戦略・ビジョンにおいて、アジア・太平洋地域の開発途上加盟国(DMC)がこれらの4つの要素を満たした成長を達成することが出来るよう支援することを、その指針として定めている。余談であるが、DMCがADBの支援が必要ない状態まで成長した場合、ADBの支援を“卒業”することになる。これまでに、香港、韓国、台湾、シンガポール、ブルネイがADBの支援から“卒業”している。つモルディブ社会が持続的に繁栄していくためには、それらの災害リスクにより適応できるインフラ整備などを並行して推し進める必要がある。併せて、小島嶼開発途上国としてその人口規模が限られる中、モルディブ社会として人材を最大限に活用していくためには、ジェンダー推進の取り組みを通じた女性の社会進出の後押しが不可欠となるであろう。アミール大臣が述べているように、これらの課題はモルディブ政府だけで解決できるものではない。ともに課題を共有しながら長期的に伴走するパートナーが必要である。ADBは2020年10月に策定した国別支援戦略(CPS 2020-2024)において、これらの中長期的な課題について、次の5年間で重点的に支援していくことにコミットしている。*24ADBには、信頼されるパートナーとして、また、よき伴走者として、モルディブがパンデミックを乗り越えて、豊かで(Prosperous)、インクルーシブで(Inclusive)、災害等のショックに強靭で(Resilient)、持続可能な(Sustainable)社会を目指すための道のりを、引き続き、支援していくことが期待されている。*25プロフィール鳥羽 建アジア開発銀行(ADB) 南アジア局 エコノミスト2010年財務省入省。総合政策課、広島国税局、総務省、ミシガン大学留学、金融庁を経て2018年7月より現職。ADBではモルディブ政府との調整業務、モルディブの通関システム開発に対する融資、パンデミックに関する緊急財政支援の組成・執行などを担当。 ファイナンス 2021 May.55海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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