ファイナンス 2021年5月号 No.666
58/96

本部、モルディブ政府ともに閉鎖していたことから、特例として融資契約書は、稟議書が理事会で承認されたのち、オンラインで双方の代表者によってリモートで署名されることとなった。6月11日に、浅川総裁とチェン副総裁の承認が得られた後、CPROの稟議書が理事会に対して回覧された。理事会による審議は6月25日に行われ、無事、CPROは理事会によって承認されることが出来た。*21理事会の承認を踏まえ、6月28日には、オンラインで融資契約書への署名が行われた。モルディブ政府からアミール財務大臣、ADBからはSARCのロナウド課長がそれぞれオンラインで署名を行い、CPROは無事発効し、ADBから財務省に対して5,000万米ドルがパンデミック対策のために払い出された。アミール財務大臣とロナウド課長のオンライン署名の様子しかし、CPROの融資実行は始まりに過ぎず、より重要なのは、提供されたCPROの資金がモルディブ政府によって適切に活用されて、支援を真に必要としている人たちに届けることが出来たかどうかである。CPROの組成プロセスが終わったのち、7月からは筆者の所属するSARCが、引き続き、その執行とモニタリングを担当することになった。*22なお、後日談として、7月1日にアミール財務大臣と浅川総裁が電話会談をした際に、アミール大臣よ*21) 承認されたプロジェクトの情報については以下のリンクよりご覧いただきたい。 https://www.adb.org/projects/54189-001/main*22) 本稿の執筆時点(2021年4月)で執行開始から10カ月になろうとしている。設定された達成目標指標は概ね予定通りに達成されたが、ロックダウンの影響や組成プロセスの段階で想定していなかった事情により、いくつかの指標についてはその達成がスケジュールよりも遅れることとなった。執行・モニタリングの実情についても、機会があれば記録しお伝えすることが出来ればと思う。*23) ADB President, Maldives Finance Minister Discuss COVID-19 Response https://www.adb.org/news/adb-president-maldives-nance-minister-discuss-covid-19-responseり、ADBの緊急財政支援に対しての謝辞が述べられた。*23ニュースリリースによれば、大臣はパンデミックによってもたらされた社会経済的そして疫学的な危機、そして観光・旅行業の停止により想定された経済財政的な危機に対してADBの提供したCPROが非常に大きな助けとなったことへの感謝を述べた上で、マクロ経済的な安定と債務の持続可能性を確かなものにするために、引き続きADBの伴走を得ながら真摯に取り組んでいきたい、という意気込みを総裁に対して述べたということである。 7 おわりに本稿では、ADBのモルディブ政府に対する緊急財政支援であるCPROが実行に至るまでの経緯とその裏側について担当者の視点からまとめさせていただいた。少しでも、本稿執筆の目的である当事者たちの息遣いのようなものを伝えられることが出来ていれば幸いである。今回のCPROの組成プロセスを振り返ると、多くの不確実な要素がある中を「走り抜けた」という表現がまさに当てはまるものであった。プロジェクトチームには、パンデミックという未曽有かつ世界同時多発的な社会経済的危機事態において、モルディブ政府から一刻も早い緊急財政支援が求められているという時間制約がある中、オンライン環境での融資組成というこれまでに経験したことのない状況に早急に適応しながら、モルディブ政府、他の国際機関、行内の調整を通じて、ADBとして妥協することなく価値ある融資を実行することが求められていた。その日々は、正解や前例のない試行錯誤の繰り返しであり、負荷の高いものであったと思う。しかし、最後まで、プロジェクトチームの士気が衰えることはまったくなかった。何がそうさせたのであろうか。これは、パンデミックによってリスクに晒される人々を支え援けることを本懐と感じる公共の奉仕者(public servant)の矜持なの54 ファイナンス 2021 May.連載海外 ウォッチャー

元のページ  ../index.html#58

このブックを見る