ファイナンス 2021年5月号 No.666
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議書および添付資料(約100ページ)を作成するためには、足下の感染者数の推移や病床確保の状況等の医療関係データや経済財政の推計等さまざまな情報が判断のための前提として必要となる。さらに、上記のとおり、CPROを提供する要件として、政府のパンデミックに対する政策パッケージが大前提となるため、支援対象となる政策パッケージの内容を精緻化していく作業が必要となる。当初、モルディブに対するCPROを4月末の理事会に諮ることを目標としていたため、ADBのプロジェクトチーム、政府のカウンターパートともに、昼夜を問わず休日返上の疲れ知らずで作業をすることとなった。当初、モルディブ財務省から提出された政策パッケージは、主にロックダウンにより影響を受ける経済主体に対する支援に焦点が当てられていた。しかし、ADBがCPROを提供するにあたり、政府のプログラムを通じて、女性や障害者を含む社会的弱者たち、低所得者世帯や移民労働者といった経済的弱者たちに対して、その支援が適切に行き届くことを、ADB理事会メンバーが非常に重要視しているということが、先行するフィリピンやインドネシアに対するCPROの組成を通じて分かってきた。これを踏まえ、プロジェクトチームからモルディブ政府に対して、支援対象となる政策パッケージについて経済対策、保健医療対策、社会的保護のバランスが取れたものとなるようメッセージを打ち出し、財務省、経済開発省、保健省、ジェンダー省等とともにその内容について議論していくこととなった。例えば、モルディブはその経済を主にバングラデシュをはじめとする他の南アジアからの移民労働者に依存している面があり*19、そうした移民労働者が特にロックダウン下のマレ首都圏において厳しい環境に置かれていることが伝えられていた。特に、公式に登録されていない移民労働者(undocumented migrant workers)にとってその問題は深刻であった。多くの非登録移民労働者は主に建設現場等で働いていたがロックダウンによりその稼得手段を失い、また国境も*19) 国際移住機関(IOM:International Organization for Migration)によれば、2019年のモルディブの移民労働者の人口は10.5万人(うち6万人が非登録移民労働者)とされている。*20) ADBは、2020年3月25日に、モルディブ政府に対してアジア太平洋災害対応基金より50万米ドルのグラントを供与し、パンデミック初期の個人用防護具といった必需医療用消耗品の調達を支援した。また、Regional Support to Address the Outbreak of Coronavirus Disease 2019 and Potential Outbreaks of Other Communicable Diseasesという地域レベルの技術協力ファシリティからもモルディブ政府に対して保健医療分野への支援を行っている。封鎖されていることから帰国も出来ず、マレに放置されることとなった。彼らは一般に限られたスペースかつ劣悪な環境に集団で生活することを余儀なくされていたことから、そうした集団生活に由来するクラスター感染が頻繁に発生しており、この時期のマレ首都圏の感染者の7割はバングラデシュからの移民労働者となっていた。モルディブ政府もこの事態を問題視し、非登録移民労働者を正式に登録しなおして母国への帰国を支援していたが、ADBの支援においても、そのような非登録移民労働者に対する支援にも目配りすべく、経済開発省と議論して、移民労働者の受け入れ施設(safer accommodation)の提供や、移民労働者についても、COVID-19に関する治療費をAasandhaという公的保険スキームでカバーできるようにすることなどが政策パッケージに加えられた。また、ロックダウンが長引くことによって、家庭内暴力などジェンダーに基づく暴力(gender-based violence)が増加することが懸念されたため、ジェンダー省と議論し、被害者がアクセスできるシェルターを島嶼部も含め5ヶ所整備すること等が政策パッケージに盛り込まれることとなった。このような議論を通じて、モルディブ政府の政策パッケージの内容を、経済対策、保健医療対策、社会的保護が幅広くまたバランスよくカバーされたものとすることが出来た。また、CPROの組成・執行を通じて、ADBのvalue additionをどう反映させていくかについて検討が重ねられた。例えば、ADBはパンデミックの早い時期からモルディブに対して医療用品や個人用防護具の調達・提供といった形で保健医療分野への支援を行ってきた。*20CPROで支援する保健医療対策パッケージの内容はそれを補完出来るよう、検査キャパシティの拡充、隔離病棟の整備といった体制整備を主目的とした。また、上述のとおり、ADBはCPROの組成と並行して、次の5ヶ年の支援戦略である国別支援戦略(CPS 2020-2024)を準備していた。CPROの支援内容とCPSの重点分野を相互に連関させ合うことで、 ファイナンス 2021 May.51海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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