ファイナンス 2021年5月号 No.666
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型融資(PBL/G:policy based loan/grant)という融資手法と、マクロ経済安定化を目的とする(2)景気循環対策支援ファシリティ(CSF:countercyclical support facility)という緊急支援に特化した融資手法がある。前者の(1)政策支援型融資(PBL/G)は、相手国政府とADBの間で構造改革プログラムについて合意し、その合意内容を達成すれば、それをトリガーとして事前に合意された支援金額が払い出されるという融資手法である。*12しかし、パンデミック下において、例えば、税制や通関といった分野の構造改革プログラムを実施していくには相当の時間を要することが想像され、政府の喫緊の資金需要に対して応えることが出来るのか、という点が懸念された。後者の(2)景気循環対策支援ファシリティ(CSF)は、元々、2008年のリーマン・ショックの際にも用いられた融資手法で、相手国政府の景気対策プログラムに対して財政支援を行うというものである。しかし、通常、モルディブのような債務リスクが高く、通常資本財源(OCR:ordinary capital resources)にアクセスすることのできないグループA国はCSFの対象とはならず、また融資の金利条件も通常のプログラムローンに比べて高くなるという点がダウンサイドとして考えられた。また、どちらの融資手法を採用するとしても、ADBがモルディブ政府に対してプログラムローンを提供するためには、IMFの事前審査(assessment letter)が必要となるが、この時点で、IMFや世界銀行がモルディブ政府に対して支援を行うのかどうか、その動向はまだ不透明であった。上記のとおり、国際金融市場からの資金調達が難しい中で、国際開発金融機関からの譲許的な財政支援がなければパンデミック対策を実行することが出来ない、というモルディブ政府の喫緊の政策ニーズに対して、ADBの既存の融資手法は最適な解決策をもたらすことが出来ないように思われた。*12) プログラムローンの詳細な内容については、ファイナンス平成30年2月号に掲載された星野拓哉氏の「構造改革を支援する―南アジアの資本市場改革プログラムを例に」をご参照いただきたい。 https://www.mof.go.jp/public_relations/nance/denshi/201802/html5.html#page=47*13) CPROの詳細な内容については、ADB駐日代表事務所の児玉治美代表の「アジア開発銀行(ADB)の新型コロナウイルス問題への取り組み」をご参照いただきたい。 https://www.adb.org/sites/default/les/page/505251/20200520-JOIa.pdf*14) その後、追加的な支援の承認があり、世界銀行のモルディブに対するパンデミック支援の規模は1,730万米ドルとなった。*15) IMFのRCFは、国際収支に緊急のニーズが生じた国に対して政策コンディショナリティをともなわず迅速な金融支援を行う支援手法である。https://www.imf.org/ja/About/Factsheets/IMF-Lending また、世界銀行の支援については、主に保健医療分野の体制整備を対象として、国際開発協会(IDA:International Development Association)を通じてグラントが供与された。https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2020/04/02/world-bank-fast-tracks-73-million-covid-19-support-to-maldivesそんな折、ADB理事会と経営陣が、パンデミックに対応した新しいプログラムローンのメニューを時限的措置として導入すべく準備を進めている、という情報が入る。景気循環対策支援ファシリティ(CSF)の新しいオプションであるCOVID-19 Pandemic Response Option(CPRO)と呼ばれるその融資手法は、従来のCSFとは異なる条件(例えば、政府のパンデミック対策の適切性や社会的弱者への支援パッケージの存在)があるものの、それらの条件を満たすことができれば、モルディブのような債務リスクの高いグループA国も支援の対象となり、また譲許的な金利条件を提供することが可能であるという。併せて、緊急性を鑑みた特例として、これまで災害支援案件に使われていた内部の承認プロセスを援用し、部局横断的なOne ADBチームを組成することにより、コンセプトペーパーの作成や部局をまたぐ稟議書のレビュー等の案件組成・審査に係る内部プロセスを大幅に迅速化することも可能になるという。当初よりモルディブ政府からは、外貨資金が枯渇する前にADBが迅速にドル建て資金を払い出すことを最優先事項として求められていたこともあり、CPROが融資手法として最適と判断され採用されることになった。*13また、3月後半には、IMFがモルディブに対してRapid Credit Facility(RCF)という支援手法で2,890万米ドルの緊急支援を提供する可能性があることが把握されていた。CPROの稟議にあたっては、IMFの経済アセスメントが必要であるところ、IMFがRCFを提供する際に行う経済アセスメントをCPROにも流用することができることも追い風となった。また、同時期に、世界銀行も730万米ドル規模の支援を実施する可能性があることが把握された。*14本組成プロセスにおいて、ADB、IMF、世界銀行は互いに緊密に連携することで政策アドバイスの一貫性を保ちつつ、それぞれの機関で緊急財政支援の組成を行っていくこととなった。*15 ファイナンス 2021 May.49海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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