ファイナンス 2021年5月号 No.666
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3 COVID-19の感染拡大(1-3月)ここからは、筆者の視点を通して時系列的に何が起こっていったのかを記していきたいと思う。ADBにおいて、一番最初にCOVID-19についての情報が伝えられたのは、2020年1月21日のADB Todayという社内報によってであった。“Precautions for new coronavirus infection”と題した記事は、中国をはじめタイ、日本、韓国等で肺炎のような症状のウイルス性の感染症が観察されている、というものであり、その時点ではまだ職員の間で危機感を伴って問題が捉えられていたわけではなかった。当時、ADB本部のあるマニラでは、南方にあるタール火山が突然噴火して空港が封鎖されるという出来事が起こっており、職員の視点からは、むしろそちらの方が不安な出来事として認識されていたと記憶している。その後、ADBの中国、香港への出張に関する方針が厳格化されることがアナウンスされ、1月30日に世界保健機関(WHO:World Health Organization)が世界的な緊急事態を宣言するにいたり、職員も事態の深刻さを認識することとなった。しかし、2月に入った時点では、中国、香港等一部地域以外の開発加盟途上国(DMC)への出張は通常通りに継続されていた。筆者も、モルディブの国別支援戦略(CPS:country partnership strategy)の策定作業のために、2月8日から20日にかけてモルディブを訪問した。マニラからマレへの道中も特段通常との変化を感じることもなく、マレ首都圏においても、COVID-19について警戒されている様子はまだなかった。出張の合間に島嶼部の離島を訪問した際にもまったく島民に感染症の脅威は認知されている様子はなく、いつものように政府関係者や現地のステークホルダーとの面談を行い、マニラへの帰路につくこととなった。状況は3月に入ってから急変していくこととなる。WHOがCOVID-19のパンデミックを宣言する3月11日に先立ち、3月6日にモルディブのリゾートに滞在*8) モルディブは2019年7月にインドとの間に4.0億米ドル規模のスワップ協定を結んでいたため、急激な外貨不足に陥る事態については避けることの出来る対策が取られていた。モルディブは本協定の下で、2020年4月28日にそのうち1.5億米ドルの外貨の供与を受けている。 India provides USD 150m to the Maldives under currency swap agreement https://raajje.mv/76665歴のあるイタリア人観光客が帰国後にCOVID-19に感染していたことが判明した。3月7日には、そのリゾートで勤務する外国人労働者2名の感染が確認され、モルディブ国内でも感染者が確認される事態となる。この時点でまだ地域内感染(local transmission)は発生していなかったものの、COVID-19に対する保健医療体制が十分に整っていないこと等を鑑み、3月12日にモルディブ政府は公衆衛生上の緊急事態(public health emergency)を宣言し、マレ首都圏はロックダウンに移行した。また、保健医療体制がより乏しい島嶼部への感染の拡大を防ぐために首都圏と島嶼部との間の往来も制限されることになった。本措置は当初は30日間の予定であったが、途中での制限の緩和も経ながら結果的に6月29日まで継続することとなった。この間、すべての政府機関も閉鎖され、政府職員も在宅勤務を余儀なくされることとなる。また、モルディブ政府は海外からのウイルスの流入を防ぐために国境を封鎖することにした。このことにより観光・旅行業に深刻な悪影響が出ることは避けがたく、モルディブ経済の先行きへの不安が高まることとなった。上述のとおり、モルディブは、食料や燃料等の生活必需品を自給出来ず、その消費のほとんどを輸入に依存している。また、積み上がっている対外債務も返済しなければいけない。それらの支払いのための外貨の獲得手段として、観光・旅行業のモルディブ経済に占める重要性は非常に大きかった。併せて、モルディブの通貨であるルフィアは米ドルとペッグしているが、パンデミックが長期化して外貨準備が不足しペッグを継続することが困難となった場合、ルフィアが減価し、ミクロのレベルでは生活コストの増大、マクロのレベルでは対外債務の返済が困難になることも中期的な最悪のシナリオとして考えられた。*8また、モルディブの雇用の多くは周辺産業も含めた観光・旅行業によって支えられている。海外からの観光客が当面見込まれない状況で労働者が失業リスクに晒されることも予想された。このように、国境の封鎖に伴う観光・旅行業へのインパクトは、モルディブの社会経済に対して大きな意味を持つものであった。3月6日に ファイナンス 2021 May.47海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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