ファイナンス 2021年5月号 No.666
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1 はじめに2020年初旬より始まった新型コロナウイルス(COVID-19)感染症は、2021年現在も引き続き日本をはじめとする先進国のみならず、アジア・太平洋地域の発展途上国においても猛威を振るい続けている。筆者は2018年から、マニラに拠点を置く国際開発金融機関であるアジア開発銀行(ADB)に所属して、南アジアの開発途上加盟国(DMC:Developing Member Countries)であるモルディブを担当している。モルディブはインド洋に浮かぶ島嶼国であり、その風光明媚さからリゾートをはじめとする観光・旅行業を主な産業としている。モルディブは、今般のパンデミックにおいて、世界的な人の移動が滞ったことから、その主要産業である観光・旅行業に大きな打撃を受けることとなった。そのような苦境に陥るモルディブに対して、ADBの理事会は、2020年6月25日、5,000万米ドル(約55億円)*1の緊急財政支援融資を提供することを承認した。*2一般的に、公表されている情報はこのような支援金額やその支援内容の紹介に関するものがほとんどであるが、その裏側には、実際には、この緊急財政支援を実現させるためのADB職員とモルディブ政府関係者の間の数カ月にわたっての沢山の検討と議論、そして寝食を忘れての協働といった事実が隠れている。筆者は図らずもモルディブに対する緊急財政支*1) 本稿内で為替換算をする際には、簡略化のため、1米ドル=110円として換算させていただく。*2) Maldives:COVID-19 Active Response and Expenditure Support Program(CARES Program)と呼ばれるこの緊急財政支援の構成は、2,500万米ドルが譲許的融資(Concessional Loan)、2,500万米ドルが贈与(グラント)となっている。https://www.adb.org/news/adb-approves-50-million-support-maldives-covid-19-response*3) 本稿の執筆に当たっては、池田氏、田染氏、中根氏、黒川氏、星野氏をはじめ多くのADB関係者にアドバイスをいただいた。この場を借りて厚く御礼申し上げたい。援のチームの一員として、その組成から執行までの一連のプロセスに携わる機会を得たので、この裏側について少しでも記録して伝えることが出来ればと思ったことが、本稿の執筆に対するモチベーションである。本稿では、ADBがモルディブに対する緊急財政支援を提供する過程でどのような手続きが踏まれ、また、どのような議論が行われたのかを、担当者の視点からまとめている。本稿を通して、当時のADBと政府関係者の息遣いのようなものを読者に少しでも伝えることが出来れば幸いである。なお、本稿は、筆者が当時の業務経験および作業記録を元にして個人として解釈・構成したものであり、組織の公式な見解を記すものではない。また、本稿に含まれた情報や制度の説明について間違いがあることもありうる。そのような場合、それらは筆者の責に帰するものであることをご承知おきいただきたい。*3 2 モルディブという国についてまずは、モルディブという国について概観することからはじめたい。モルディブはインド洋に浮かぶ1,192の島から構成される小島嶼開発途上国(SIDS:Small Island Developing States)の一つであり、ADBには1978年に加盟している。人口は53.4万人と比較的小規模であるが、その40%が首都であるマレ島に集中してアジア開発銀行 南アジア局エコノミスト 鳥羽 建海外ウォッチャーFOREIGNWATCHER担当者の視点から見た アジア開発銀行のパンデミックにおける緊急財政支援について ファイナンス 2021 May.45連載海外 ウォッチャー

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