ファイナンス 2021年5月号 No.666
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ただし、服部(2019)で強調したとおり、純粋期待仮説が現実を説明することが困難であることは学者も実務家も一致するところです。ペデルセン(2019)も「実証的にみてEH(期待仮説)は成立していない。これはキャリー(=利子収入+ロールダウン効果)が取引のシグナルとして使える可能性があることを意味する」(p.360)*8と指摘しています。長期債に投資する場合、投資家は金利リスクをとっていると解釈すれば、そのリスク・プレミアム(ターム・プレミアム)を享受していると解釈することもできるかもしれません。この部分を積極的にとらえれば、ロールダウンは期待リターンの一部と解釈することも可能です。大切なポイントは、読者が国債に投資する場合、ロールダウンを「期待リターン」の一部と解釈するならば、読者はどの程度の期間、イールドカーブが不変であるかを考える必要がある点です。実際のところ、ロールダウン効果を計算するうえで、「どの程度の期間、イールドカーブが不変と考えるか」は分析者次第です。先ほど「10年金利が1%、9年金利が0.8%」の例を挙げたとき、1年間イールドカーブが不変である例を考えましたが、例えば、1か月や3か月といった期間(あるいはさらに短期)を考えることもできます。ここで具体例を取り上げてみます。例えば、国債投資家懇談会(第69回)*9では、「金利のボラティリティが低下している中でロールダウン効果を得る観点から、残存15-20年の銘柄に対するニーズが潜在的に高くなっている」というコメントがなされています。日銀がイールドカーブをコントロールする中、多くの投資家は現状ではカーブが動きにくいという相場観を持っており、その文脈でロールダウン効果が大きい年限のニーズが高まっていると解釈しています。この場合、日銀の金融政策という観点で、イールドカーブが横ばいに推移するという予想を投資家が持っていることから、ロールダウンが大きな年限の国債に投資妙味を感じている事例といえます。もっとも、(何度も強調するようですが)カーブは基本的に毎日動くものですから、「イールドカーブが変わらない」という仮定は非常に強い仮定であることに変わりはありません。*8) この引用部分のカッコ内のコメントは筆者による補足です。*9) 国債投資家懇談会(第69回、平成29年3月23日)を参照。3.2  金利上昇のクッションとしてみたロールダウン投資家の中には、ロールダウンを金利上昇時の損失吸収余力(クッション)と解釈する人も少なくありません。金利が上昇した場合、価格が低下するため、債券の保有者はキャピタル・ロスを被ることになります。しかし、ロールダウンはいわば金利上昇のクッションとして機能するとみることもできます。例えば、先ほどと同様、「10年金利が1%、9年金利が0.8%」であるとして、この10年債に投資し、一年後にイールドカーブがパラレルに0.2%上昇したとしましょう。1年後イールドカーブが0.2%パラレルに上昇しているとすれば、マーケットで評価される9年債の金利は1%(=0.8%+0.2%)となっています。もっとも、読者が保有する利回り1%の10年国債も(前述のとおり)1年後、利回り1%の9年債になっているため、保有している債券の利回りと市場で評価されている利回りが一致し、価格が変化しない(キャピタル・ゲインはゼロ)ことになります。この場合、金利が上昇しているのにもかかわらず、損失が発生しないということになりますが、これは1%-0.8%=0.2%という10-9年ゾーンの金利差が金利上昇のクッション(バッファー)となっていることが原因と解釈できます。このように金利上昇のクッションとしてロールダウンを見る場合、式(1)をデュレーションで割った値(つまり、rt(T)-rt(T-1))がロールダウンの定義として用いられます。なお、金利上昇のクッションという意味では、ロールダウンだけでなく、キャリー・ロールダウンをデュレーションで割るケースも少なくありません。この場合、キャリー・ロールダウンに対してデュレーションで割ることで、債券投資から得られるトータル・リターンがゼロになる金利上昇幅を逆算しているイメージになります。前節の例のように10年金利が1%であり、9年金利が0.8%の場合、1年間でロールダウンは(前述のとおり)1.8円になりますが、利子収入(ここでは調達コストを捨象するとキャリー)からも1円得られます。したがって、カーブが不変であれば、この国債を1年保有することから得られるキャリー・40 ファイナンス 2021 May.SPOT

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