ファイナンス 2021年5月号 No.666
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読者に注意を喚起しておきたいことは、債券市場では、「rt(T)+D(T-1)(rt(T)-rt(T-1))」全体をキャリーということもあることです*4。本稿では、「キャリー・ロールダウン」と表現したほうが明示的にロールダウンを含めていることがわかるため、このような定義を用いました(例えば、Bloombergのツールでもキャリー・ロールダウンという表現が使われています)。もっとも、ロールダウンを含めて「キャリー」と定義することも少なくなく、文脈に応じてどちらが使われているかを理解する必要があります。さらにややこしいことは、国債についてキャリーと表現したとき、国債の調達コストであるレポ・コストを除いた定義が用いられることもある点です。上記でいえば、rt(T)をT年の国債の利回りからレポ・コストを引いた値で定義するということです。例えば、国債先物のチーペストを議論する際に「キャリー」といった場合は「利子収入-レポ・コスト」と定義することがほとんどです(レポ・コストが国債の調達コストになる理由については服部(2020a)を参照してください)。筆者の印象では、結局のところ、実務家が「キャリー」といった場合、投資家の属性や目的で用語の使い方が変わります。証券会社(投資銀行)の場合、マーケットメイクをするうえで資金を持っていないことが多いことから調達コストも考えて議論する必要があります。服部(2020a)で説明したとおり、先物と現物の裁定取引(ベーシス取引)は証券会社などで当初活発になされていたことから、先物についてのキャリーといった場合、「利子収入-レポ・コスト」という定義が普及することになったのかもしれません。一方、運用会社や銀行であれば、そもそも運用資金を持っているところから議論をスタートすることがあるため、調達コスト(レポ・コストなど)も考慮するかはケースバイケースということになります。また、運用する際、その期待収益全体をキャリーと表現するな*4) 例えば、ピムコはウェブサイトを通じて、「債券運用におけるキャリーの要素を分解するにはいくつかの方法がありますが、伝統的には『クーポン(利子)』の受取り(インカム・ゲイン)と『ロールダウン』による債券価格の上昇(キャピタル・ゲイン)に分けて考えることができます」と説明しています。*5) 例えば、ペデルセン(2019)では「期待仮説(EH)では、債券の期待リターンは一定とされる。したがって、この仮説に従えば(イールドカーブの好ましくない変化によって)高いキャリーは価格の低下によって相殺されるため、高いキャリーは高いリターンを予測しない」(p.360)と注意を促しています。*6) Tuckman and Serrat (2011)では、「Which of the following two strategies is more profitable, rolling over one-period bonds or investing in a long-term bond and reinvesting coupons at prevailing short-term rates? As just demonstrated, if forward rates are realized, the two strategies are equally protable」(p.112)と指摘しています。*7) フォワード・レートについては服部(2019)で数値例を用いて説明をしています。らば、「利子収入-調達コスト+ロールダウン」をキャリーと表現することに一定の合理性も感じます。筆者自身は業界で異なる表現を使うことは混乱を招くことから統一した表現を使った方が良いと思っていますが、いずれにせよ、読者がキャリーという表現を見た場合、どのように定義しているかは注意する必要があります。3ロールダウン効果の解釈3.1  「イールドカーブは不変」という仮定は妥当かロールダウン効果をみるうえで、最大の論点は「イールドカーブが不変」という仮定の妥当性です。現実のイールドカーブの動きをみると、毎日変化しているのが実態です。その現実を見ると、「イールドカーブが不変」という仮定はあまりに強すぎるようにも感じます。その意味で、読者に注意を促したい点は、ロールダウン効果は実務的には頻繁に用いられるものの、懐疑的な見方も多いという点です。そもそも、純粋期待仮説に基づけば、長い国債の金利には「将来の短期金利予測」が集約されていますから、長期債の金利が相対的に高い理由は、将来短期金利が上昇するからだ、とみることもできます*5。より具体的にいえば、今相対的に低い金利が付された短期債で運用したとしても、将来短期債の金利が上がるなら(より厳密にいえばフォワード・レートが実際に実現するならば*6)、再投資後は相対的に高い金利が付された短期債で運用できることになるため、そもそも投資家が得られるリターンは長期債のリターンと結局変わらないということになりえます。カーブが右肩上がりである中、純粋期待仮説が成立するならば上述の通り、将来金利が上がるという予測が市場に存在しえるため*7、その予測に一定の実現性があるならば、「イールドカーブが不変」という仮定が成立しないことになります。 ファイナンス 2021 May.39ロールダウン(ローリング)効果入門SPOT

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