ファイナンス 2021年5月号 No.666
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クすべき議会の役割が空洞化する*11。ワイズ・スペンディングが担保されなくなる。そこから、大きな政府が生まれてしまうことにもなるのである*12。受益と負担が結びついていない仕組みは、考えてみれば変な仕組みだ。おそらく世界中でも、今日の日本にだけある仕組みだ*13。元自治事務次官で内閣官房副長官を長く務められた石原信夫氏は、2006年に行った講演の中で、あるべき地方財政の仕組みについて、地方税を基本として必要な財政調整を行うべきだとされていた*14。それによると、「地方の財源として一番良いのが地方税です。」「交付税も地方自治の見地からは本来は望ましい姿ではありません」「歴史的に言えば、平衡交付金制度が出来る前の姿に戻ることになります」というのである。その「平衡交付金制度が出来る前の姿」を調べてファイナンスに連載したのが、筆者の2008年からの「明治憲法下の地方財政制度」で、それを取りまとめたのが『山縣有朋の挫折』*15である。同書に対しては、石原氏から、「本書は、戦後の地方自治に関する固定観念を覆す啓蒙の書である」との推薦の言葉をいただいた。山縣には、軍閥の親分というイメージが強いが、実は、わが国の地方自治の父ともされている政治家である。約1年間、欧米の地方自治制度を自ら実地調査した上で、日本伝来の自治をも踏まえながら、日本に近代的な地方自治制度を導入した*16。それが、日露戦争後の社会・経済の発展・変遷の中で義務教育費の地方負担問題などをめぐって行き詰まり、その立て直しのために、高橋是清が国の基幹税だった地租を地方に移して地方財源を充実させようと試みたりしたのだが、うまくいかなかった*17。そして最終的に、昭和15年に地方の財政力格差を是正する地方分与税制度が出来あがった。それが、石原氏の指摘する「平衡交付金制度が出来る前の姿」だった。それは、地方にも応分の増税責任を求めるもので、受*11) かつて、大規模な港湾整備をしたのに船がほとんど入らないことから「巨大な釣堀」と批判された事業があったが、その事業に対しても地元議会からの厳しい批判はなかった。どんなに無駄に見える事業でも、地元に雇用をもたらすという効用はあるのである。*12) 林宜嗣関西学院大学経済学部教授は、経済企画庁経済研究所地方分権ユニットの研究報告(平成9年5月)で「各地方団体内において受益と負担の不一致が依然として残されたままであるのなら、『大きな政府』への圧力はなくならないだろう」と指摘している。*13) この仕組みの根拠規定について、筆者は、故山口光秀氏(元大蔵省事務次官、地方財政担当主計官)に、伺ってみたことがある。地方交付税法第6条の3第2項が根拠規定とされているが、そうなのかということだ。それに対する山口氏の答えは、同条項は地方の財源に過不足があった場合の手続きを定める規定で、財源を国が保障するといった実体法上の大原則を定めているものではない。そんなことは条文を読めば明らかだということであった。このことを伺った当時、筆者は、主計局次長として地方財政を担当していた。*14) 「国と地方」言論ブックレット、2006、「地方自治に何が求められていたのか」石原信雄、p71-80。*15) 「山縣有朋の挫折」松元崇、日本経済新聞出版社、2011*16) 「山縣有朋の挫折」p13-22、p300-302。山縣の導入した地方自治には、有権者を納税者に限り、納税者でない国民を視野に入れていないという問題があった。ただ、当時は、それがグローバルスタンダードで、平民宰相と言われた原敬も山縣と並んで普通選挙の早期導入には反対だった。*17) 「国と地方」p64-66、「恐慌に立ち向かった男 高橋是清」松元崇、中公文庫、2012、p230―232。*18) 「自治の流れの中で」柴田護、ぎょうせい、1975益と負担が結びついているものだった。戦後すぐのその姿は、柴田護氏(元自治省事務次官)が著書*18の中で述べている。それによると、「かつては、地方自治体は赤字を出すことを恥とし、増税をしてもバランスをという精神は、戦い破れたりとはいえ、第一線市町村に脈々として残っていた」。各自治体では、ラジオ税、ミシン税、アイスキャンデー税等、様々な課税が行われていた。その精神が失われたのは「昭和27年ごろから(中略)…やはり、地方財政平衡交付金制度の醸し出した弊といっては言い過ぎであろうか」ということだったのである。3財政出動を「タダ」だと思い込ませてきた日本のケインズ経済学今日の地方財政制度が、大きな利点とともに問題点を抱えていることを述べてきたが、わが国の財政赤字について最大の責任があるのは、我が国におけるケインズ経済学への誤解である。それは、「政府がケインズ理論に基づいて正しい経済政策を行えば、どこまでも経済を成長させられる」との思い込みだ。ケインズ自身が、ケインズ理論は景気変動をならすための理論で、経済成長をもたらす理論ではないと明言していたにもかかわらず、多くの日本の経済学者やエコノミストはそのように主張してきた。そして、「成長」が実現すれば、税収増が期待できるので、そのような財政政策は「タダ」だと国民に思い込ませてきたのである。2019年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジーとエステル・デュフロは、その「絶望を希望に変える経済学」において、「富裕国の成長要因がわからないのと同じく、貧困国についても誰もが納得する決定的な成長の処方箋は見当たらない。今日では、専門家もこの事実を認めている」と指摘してい32 ファイナンス 2021 May.SPOT

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