ファイナンス 2021年5月号 No.666
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のは、国会議員の地元への貢献度が「国の財源からいかに多くの分配を引き出すか」によって図られるシステムは、首相のリーダーシップの発揮を難しくすることである。それは、前回ご紹介した、佐々木毅教授が「地元民主主義」と呼んで、批判していたところからのものである。英国の選挙では、党の公約(マニフェスト)以外に候補者独自の公約はないが、「地元民主主義」の我が国では、それぞれの候補者が地元に直結する独自の公約を掲げる。それは、選挙が与野党が掲げる政策をめぐって政権党を選ぶ選挙ではなく、地元利益の観点から人を選ぶ選挙になることを意味している。ジェラルド・L・カーティス教授によれば、我が国の自民党と候補者の関係はフランチャイズ制のようなもので、「政党は公認した候補に知名度の高い暖簾を貸し」「候補者たちは事実上、独立した政治事業家として自分の地元組織をもち、自分で市場戦略を立てる」のだという。選挙がそのようなものであれば、首相が政策面でリーダーシップを発揮するのは難しくなろう。次に指摘される問題点は、地方自治の民主主義の学校としての機能の形骸化である。それは、宇野重規東大教授が最近出された著書*7の中でトクヴィルを紹介して指摘しているところのものである。トクヴィル(「アメリカのデモクラシー」)は、アメリカにおいては、市民が地域の共通問題を解決するために集まり、目的に応じてお金を出し合い、事業を行っている様子に感銘を受けた。日ごろから、日々の目的で組織を作ることに習熟して、ようやく政治的な主張を行うための組織を作ったり、社会運動に参加することも可能になるとしていた。この点は、今日なお傾聴に値するトクヴィルの教えだと、宇野教授は指摘している。「目的に応じてお金を出し合い」というところが、我が国の「地元民主主義」には欠けていることから、民主主義の学校としての機能が形骸化してしまうのである。筆者が財政制度等審議会でお世話になった神野直彦教授は、スウェーデンの中学校の教科書には、新たな*7) 「民主主義とは何か」宇野重規、講談社現代新書、2021、p154-155*8) 筆者は、神野教授に啓発されてスウェーデンの研究を行った。その一端は、内閣府でご一緒した湯元健治氏が佐藤吉宗氏と著した「スウェーデン・パラドックス」(日本経済新聞出版社、2010)に、盛り込まれている。*9) 筆者が主計局の調査課長を務めていたころまであった「赤字公債からの脱却」という財政再建目標には、将来世代へのツケ送りが許されないという財政民主主義の理念が含まれていた。今日、それが、すっかりプライマリー・バランス論に代わられてしまっているのは問題と言えよう。*10) 「政治改革」山口二郎、岩波書店、1993住民サービスを実施するのには増税が必要になるが、地方議会はどうすべきかといったケースが登場すると指摘しておられた*8。それは、受益と負担が表裏の関係にある、民主主義の学校の本来の姿を教える理想的な教育というわけである。しかしながら、実際の話として、日本の教科書にそのような話を登場させるかといえば、おそらく無理だろう。そのようなことが日本では起こりえないからだ。梶山氏の指摘にあるように、我が国では、必要になった増税の責任を負うのは主として国だからだ。では、その増税の責任を国会議員が果たしているかといえば、選挙の現実を考えると難しいので、結局借金という形でほとんどが後世代へ先送りされている。借金というその場しのぎで将来世代に「代表なきところの課税」をするという、民主主義の学校とは到底言えないことが行われているのが、今日のわが国の姿なのである*9。受益と負担が結びついていないことは、身近なレベルで政策論争が行われず、地域の選挙での選択肢が有権者に与えられないという問題も生じさせている。山口二郎法政大学法学部教授が、著書*10の中で指摘していることである。戦後、戦前の官選知事を住民の直接選挙にしたことによって地方政治の民主化が行われたとされているが、地方議会が税を通じて有権者と結びついていないことから、知事に対する財政責任の追及がほとんど行われず、知事選挙では、多くの政党が相乗りする無風選挙での多選が当たり前になった。「形の上で選挙が行われても、有権者は意思表示をすることが出来ない」ことになったというのである。山口教授は、受益と負担が結びついていないことから、腐敗や無駄が生まれるとも指摘している。ある事業が「タダ」なら、何らかの効用がある限りその事業に対する需要は無限大になる。そこから、その事業を配分する国の役所に絶大な権限が生まれ、そこに腐敗をもたらすインセンティブが生じるというのである。また、ある事業が「タダ」なら、そこにコスト意識を求めるのは無理ということになり、行政の無駄をチェッ ファイナンス 2021 May.31危機対応と財政(番外編-最終回)SPOT

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