ファイナンス 2021年5月号 No.666
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COVID19患者受け入れ病棟の拡充等が実現できたことへのお礼が伝えられるとともに、新たなニーズが具体的に寄せられた。それは、「ロックダウンの影響を最も受ける低所得者への現金や食料給付の拡充、各種減税措置の実施、中小零細企業への運転資金の供給等を展開するための経済対策に必要な資金を、可能な限り迅速に提供してもらいたい」との要望である。しかし、当時ADBはこうした要望に手持ちのツールで答えることが難しい状況にあった。ADBが途上国政府に対して融資をする際のツールには、主として(1)ソフト・ハードのインフラ整備等を対象とする「プロジェクト融資(Investment Loan)」、(2)相手国政府が事前にADBと合意した法改正や制度改革を実行したことを確認したうえで使途を限定せずに融資をする「政策支援型財政融資(Policy Based Loan)」、(3)事前に設定したプロジェクトの成果指標の達成状況に応じて段階的に融資をする「成果連動型融資(Results Based Lending)」がある。しかし、今回のような危機対応に必要な緊急財政支援には、上記3点のスタンダードな融資制度はいずれも十分に対応しきれない。唯一、「政策支援型融資」のオプションの一つとして、グローバル金融危機直後の2009年に導入された「景気対策支援融資(CSF:Countercyclical Support Facility)」は、厳しい不況に陥った国が景気対策を実施するために必要な資金を、制度・政策改革等の条件を付すことなく、迅速に提供できる。しかし、CSFにも難点があった。それは貸付金利が通常の融資よりも高く、また返済期間も短い*20ことだ。また、こうした条件故、CSFを活用できるのは、一定の信用力、あるいは所得水準に達した国々に限られ、債務持続性に懸念のある脆弱な国々*21は対象外とされていた。*20) ADBの通常資本財源(Ordinary Capital Resources)を原資とする一般条件のPBLの金利は6か月Libor+50basis point、金利・元本の返済猶予期間は3年、ローンの返済期間が15年である一方、CSFの金利はLibor+200 basis point、金利・元本の返済猶予期間は3年、ローンの返済期間は5-8年とされている。*21) ADBは(1)債務持続可能性を含む信用力(Creditworthiness)がLack, Limited, Adequateのいずれの程度か、(2)一人当たりのGNI(Gross National Income)が1,185ドルを超えているか、(3)国連のLDC(Least Developing Country)のカテゴリーに当てはまるか、の3つを基準に、途上国をGroup A, B, Cの三種類に分類している。信用力に欠ける、あるいは一人当たりの国民所得が低い国や脆弱国等(Group-Aの18か国:アフガニスタン、モルジブ、タジキスタン、太平洋島嶼国等)はCSFにアクセスができない。総裁室に設けられたスクリーンと向き合いながらインドネシアの財務大臣と協議をする浅川総裁。技術的な問題が万が一発生した場合に備えて、ITDのスタッフが必ず付き添っている。2020年初から3月末までの3か月間に矢継ぎ早に展開した様々な初動対応で得られたこうした問題意識や、顧客やパートナー機関との多様なレベルでの対話で寄せられた要望は、次号で紹介する200億ドルの支援パッケージの内容に結実していくことになる。「パンデミック下の途上国支援」シリーズ、第三回目となる次回は、「長期化する危機に挑むアジア開発銀行」とのタイトルのもと、ADBが2020年4月13日に公表した200億ドルの支援パッケージの概要とその展開、長期化する危機への組織経営上の対応を紹介していく。筆者略歴2001年財務省入省、主計局、広島国税局等を経て、2008年よりハーバード大学院ケネディスクール留学。公共政策修士号取得。以降、国際金融・途上国開発、国際租税分野等の政策立案を担当。2011年夏より3年間、世界銀行に出向、バングラデシュ現地事務所及びワシントン本部にて開発成果の計測・モニタリングの仕組みの立上げと展開に尽力。2017年7月にアジア開発銀行総裁首席補佐官に就任。中尾武彦前総裁、浅川雅嗣現総裁のトップ外交、組織経営全般を補佐。著書「ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ~世界を変えてみたくなる留学~」、「バングラデシュ国づくり奮闘記~アジア新・新興国からのメッセージ~」(共に英治出版) ファイナンス 2021 May.29パンデミック下の途上国支援SPOT

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