ファイナンス 2021年5月号 No.666
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ADBからのグラント支援を活用してフィリピン政府が2020年4月に急ピッチで進めた軽症者向け病棟の整備事業の様子。スポーツ施設を医療施設に衣替えをしている。ただし、こうしたニーズを満たすうえで、ローンは金額的に大き過ぎ、また準備に時間がかかり過ぎる。少額のグラント資金の迅速な提供を通じて、途上国政府による医療物資の緊急調達を支援することが切実に求められていた。こうした状況を受けADBは、自らが管理する特別基金、「アジア太平洋災害対応基金(APDRF:Asia Pacic Disaster Response Fund)*13」を活用して、3月13日にフィリピン、そして同月20日にはインドネシアに、一件当たりの上限いっぱいの300万ドルのグラントを提供した。しかし2020年初の時点でAPDRFの利用可能残金は2、100万ドルにすぎなかったので、300万ドルのグラント資金を7か国に提供すれば、基金が枯渇してしまう状況にあった。これまでAPDFRの財源を拡充するために先進国に資金貢献を求めたことがあったものの、「ドナーが資金を拠出する場合は、その使途について、対象国を絞ったり(例えば最貧国や脆弱国に限る等)、対象とする災害を限定する(例えば自然災害、あるいは感染症危機のみ)ことはできない」との規則がネックとなって、追加の資金を得るには至っていなかった。このように、ADBのグラントのリソースには限りがある。そこで、2020年3月26日、浅川総裁は「戦*13) APDRF (Asia Pacic Disaster Relief Fund):激震災害に見舞われたADB加盟途上国を対象に、グラントを迅速に提供するために2009年に立ち上げられた特別基金。所得水準に関わらず全ての途上国が対象となる。一か国への支給額の上限は300万ドル。支援を受けるには(1)当該国による国家非常事態宣言等発令、(2)自らの力だけでは対応できない緊急事態に見舞われていることの内外への表明、及び(3)国連による緊急事態の発生の認定、の3点を満たす必要がある。*14) SDCC(Sustainable Development and Climate Change Department):JICAの課題部、世界銀行のGlobal Practiceに相当する部局であり、ADBのオペレーション担当部門、途上国政府、及び世界全体に対して、各分野ごとの最新の知見を提供する役割を担っている。SDCCの傘下には7つのセクター・グループ(教育、エネルギー、金融、保健・医療、運輸・交通、都市、水)、9つの横断的なテーマ・グループ(気候変動・災害リスク管理、環境、ジェンダー、ガバナンス、官民連携、地域統合・協力、農村開発・食料安全保障、社会開発、デジタル技術)がある。*15) 正式名称はTA-9950 Regional Support to Address the outbreak of Coronavirus Disease 2019 and Potential Outbreaks of Other Communicable Disease.略・政策・パートナーシップ局(SPD:Strategy Policy and Partnership Department)」を経由して、「各局は、年初に配分された技術協力のためのグラント資金の半分を、一度SPDに返却せよ」、「返却された技術協力向けグラント資金は、コロナ対策に重点特化する形で再配分せよ」という指令を全行に発出した。結果約1億ドルの技術協力向けグラント資金の半分にあたる5,000万ドルをSPDが回収、その大半を「持続可能開発・気候変動対応局(SDCC:Sustainable Development and Climate Change Department)*14」傘下の保健セクターチームが中心となって展開するCOVID19対応の技術協力・グラント提供プログラム*15に重点投下した。4,600万ドルのグラント資金の受け皿となり、行内で「メガTA」と呼ばれたこのプログラムはその後、各国が医療器具等を調達するためにグラントを提供していくうえで要となる役割を果たした。ただし、制約もあった。まず、当時世界的に供給不足にあった人工呼吸器や検査キットを調達する際に「ADBのプロジェクトに必要な資機材・サービスの調達先はADB加盟国に限る」とのADBの調達ポリシーがネックとなって、UNICEF(国連児童基金)やUNOPS(国連プロジェクトサービス機関)等のグローバルネットワークを活用して「まとめ買い」をすることができない。また、そもそも技術協力(TA:Technical Assistance)とは、ADBが外部専門家をコンサルタントして雇ってプロジェクト準備やノレッジ・ワークを進めるために活用されるものであることから、その全額を途上国が必要としている物品を調達するために活用することはできない、という点も足かせとなっていた。 ファイナンス 2021 May.27パンデミック下の途上国支援SPOT

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