ファイナンス 2021年5月号 No.666
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ン政府は「72時間以内に国内の全空港を閉鎖する。外国人も含めて一切の移動は認めない」との通達を発出、一部スタッフのパニック的なマニラ脱出を招いた。結局、この通達はその後撤回されたが、前例のない感染症危機を前に、フィリピン政府は朝令暮改を繰り返さざるを得ず、混乱に拍車をかけた。この間、タイミング悪く海外出張からマニラに戻る途中であったスタッフは、世界各地の空港やホテルに長期間足止めを余儀なくされた。ローカルスタッフの多くは自宅のネット環境が十分ではなく、突然「ワークアットホーム!」と言われても対応できない者が多くいた。さらに、マニラの主たる病院が次々と医療崩壊を起こし、新規患者の受入れ停止を公表したことで、スタッフの不安と焦燥は高まるばかりだった。こうした状況で、浅川総裁がまず取り組んだのが、人心の安定だった。週末返上で練り上げたメッセージを自宅でビデオ収録、週明け月曜日(3月16日)に直ちに配信した。総裁が自らの言葉でスタッフの献身・奮闘に感謝し、不安に寄り添ったこと、そのうえで、「今こそADBの真価が試されているときだ」と鼓舞するメッセージを発信したことは、スタッフにとって大きな意味があった。併せてIT担当局がポケット・Wi-Fiを調達、自宅でのネット環境が十分でないローカル・スタッフを対象に、速やかに配布をする体制を整えた。このように、総裁及びパンデミック危機対応チームは、職員との密なコミュニケーション、様々な状況下にある職員の懸念の丁寧な把握、及び、職員の懸念を和らげるための手当の柔軟化・拡充、各種サービスの提供に注力し続けている(詳細は次号を参照されたい)。2020年3月、スタッフの不安に寄り添い、その奮闘に感謝、激励するメッセージを自宅から発信する浅川総裁。*12) 理事会:ADB加盟各国の代表(総務:通常は財務大臣あるいは中央銀行総裁)の代理として、ADB本部に常駐し、ADBの投融資や政策の承認等を担う意思決定機関。理事会では12名の理事が、理事代理及び理事補のサポートを受けつつ、単独、あるいは共同でそれぞれの議案への意見と賛否を発信する。なお、国連機関と異なり、ADBの意思決定は、一国一票ではなく、出資比率に応じて各国に配分される投票権をベースに行われる。また、理事会*12もこの時期から完全にオンラインに移行した。本部が閉鎖されたことに加え、特にヨーロッパの理事会メンバーの多くが、本国にいったん帰国したのち、マニラに戻ることが物理的に不可能な状況にあった。ADBの理事会や非公式理事会セミナー(IBS:Informal Board Seminar)等はこれまで、資料は全て紙で配布され、オンラインでの配信はなく、公式理事会の開始と終了にあたっては、理事会議長である総裁が儀礼用の「木槌(gavel)」で木製のパッドを叩くという、やや古風ともいえる形で展開されていた。しかし、2020年3月12日に、ほぼ全面的な在宅勤務が始まって以降、理事会メンバーの柔軟な対応、及び理事会の運営を取り仕切る官房(OSEC:Office of the Secretary)スタッフの努力のおかげでオンライン形式に円滑に移行していった。理事会のオンライン化に際しての大きな問題は時差への対応であった。これまで理事会は午前10時開始、お昼前に終了というスケジュールで行われていたが、協議の末、欧州の朝、アジアの日中、アメリカの深夜である、マニラ時間午後2時から4時を目途に行うことになった。なお、各理事室メンバーが自由に発言、質疑ができるIBSの議論はこれまで長引きがちであったが、オンライン化されて以降、担当スタッフが事前収録したプレゼンテーションの動画を各理事室が見てから参加することになり、議論が効率化された。6グラント資金の動員と医療物資の緊急調達支援ADB開発途上国がCOVID19感染拡大初期に抱えていた死活的なニーズは、医療防護具や人工呼吸器の調達、検査体制の充実、そして集中治療室の拡充等であったことは、メコン川流域の国・地域を対象とするプロジェクトの内容変更等について紹介した際に既にふれた。例えば約1億600万人の人口を擁するフィリピンでは、2020年4月初頭時点で利用可能な人工呼吸器が国中かき集めても1,263個、重症患者向け集中治療用ベッドは4,300床。医療従事者を守る防護服なども圧倒的に不足していたことは前号で紹介した通りだ。26 ファイナンス 2021 May.SPOT

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