ファイナンス 2021年5月号 No.666
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4パンデミックの経済影響試算の公表東大経済学部からアジア開発銀行に移籍し、日本人初のADBチーフエコノミストを務めている澤田康幸教授率いる経済調査・地域協力局(ERCD:Economic Research and Regional Corporation Department)の動きも早かった。COVID19の今後の感染拡大の見通しや各国政府が実施する経済・社会活動への規制の動向等、様々な前提条件が不確実な中、他機関に先駆けて、3月6日には、COVID19の経済影響試算*9を公表した。この試算は、SARS発生時の中国経済の消費動向や東アジア、東南アジア地域の観光客の減少等を参照しつつ、(1)中国からの観光客数の減少、(2)中国の消費減少と、他国への波及効果、(3)中国の投資減少と、他国への波及効果、等を指標とし、その深刻度と危機継続の期間に応じて3つのシナリオを示したものだ。この結果、COVID19がグローバル経済全体へ与える負の影響は770億ドル~3,470億ドル(対GDP比0.1%~0.4%)、中国経済への影響は440億ドル~2,370億ドル(対GDP比0.3%~1.7%)、中国を除くアジア・太平洋地域への影響は160億ドル~420億ドル(対GDP比0.2%~0.5%)との試算が出された。今振り返れば非常に控えめな数値ということになるが、この時の試算は、3つのシナリオのうち最も悲観的な「Worse Case」であっても、「中国の旅行規制と消費減退は6か月後(2020年7月末)には解消」され、「中国以外の国ではCOVID19の劇的な国内流行は起こらない」というSARSのケースと似た状況を前提としたものだった。また、ロックダウンによってサプライサイドが受ける制約や、送金減少についても検討項目に含まれてはいなかった。他方、本試算は、世界及びアジア地域全体だけでなく、各国別、さらには農業、製造業、観光・サービス業、運輸業等、セクター別にそれぞれのシナリオでどの程度の経済的ダメージが想定されるかを示したという意味で、画期的なものであった。ADBが62か国、*9) ADB Brief No.128, March 6 “The Economic Impact of the COVID-19 Outbreak on Developing Asia”*10) 2020年5月15日に更新・公表した試算では、COVID19が世界経済に与える経済損失は5.8兆ドル~8.8兆ドル(対GDP比6.4%~9.7%)、アジア・太平洋地域の途上国については1.7兆ドル~3.5兆ドル(対GDP比6.2%~9.3%)とされており、3月初旬時点の試算から大幅に増額修正された。 2020年12月に再度更新・公表した試算では、以下の通り、上述の見通しが若干下方修正された。 ・世界経済の損失見込み額: 4.8兆ドル~7.4兆ドル(5.5%~8.7%)(2020年) 3.1兆ドル~6.3兆ドル(3.6%~6.3%)(2021年) ・アジア・太平洋地域の損失見込み額: 1.4兆ドル~2.2兆ドル(6.0%~9.5%)(2020年) 0.8兆ドル~1.5兆ドル(3.6%~6.3%)(2021年)*11) 詳細は「パンデミック下の途上国支援~ 其壱:マニラの最貧地区でコロナ禍を生きる人々の苦悩と挑戦~」(ファイナンス2021年4月号)を参照されたい。35の産業部門をカバーする独自の「国際産業連関表データ(MRIOT:Multi-Regional Input-Output Tables)」を以前より構築していたからこそ可能となった分析だった。そして、この影響試算はその後更新が続けられ*10、ADBが加盟国に提供する財政支援のデザインや、各国との政策対話に活かされていく。5激変する外部環境への対応:本部閉鎖とテレワークへの移行2020年3月11日水曜日、前日にインドネシア、シンガポール、そして日本を回る約一週間の出張からマニラに戻った浅川総裁は、ADB本部一階の講堂にて開催された「国際女性デー(International Women’s Day)」を祝うイベントに参加、100名近く集ったスタッフや理事会メンバーを前に開会のメッセージを発信していた。会場には、ジェンダー平等に向けたADBの取組みをさらに前進させようという高揚感と、約一週間前にフィリピンで初のCOVID19国内感染者が確認されたこと、そしてこの日にWHOがCOVID19を「グローバル・パンデミック」と認定したことに伴う不安感が入り混じっていた。そして、これがADBが2020年に対面で行うことができた最後のイベントとなった。翌3月12日、一週間前にADB本部を訪問していたフィリピン政府職員のCOVID19陽性が判明。本部は館内消毒等のために全面閉鎖となった。週明けには元に戻ることが想定されていたが、その週末にフィリピン政府がECQ(Enhanced Community Quarantine)による首都閉鎖―ロックダウンーを発表した。以来、マニラでの仕事、そして生活環境が激変したことは、前回の寄稿*11で詳述した通りだ。スタッフの間には動揺が広がった。「空港が閉鎖になるのではないか」、「職を失い食うや食わずになる人々が増え治安の悪化や暴動を招くのではないか」といった噂や憶測が飛び交った。実際この時、フィリピ ファイナンス 2021 May.25パンデミック下の途上国支援SPOT

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