ファイナンス 2021年4月号 No.665
71/94

続的に拡大している点があげられる。なお1933(昭和8)年を頂点に歳出規模が抑制されているが、これは歳出総額の対国民所得比の数値を示したもので、この時期には景気が回復したために実数値の変化よりも低めにみえることに注意が必要である。また、1937(昭和12)年9月10日以降は、一般会計と区別された臨時軍事費特別会計が設置されたため(第4巻P.11)、実際には図表よりも軍事費が多い点も注意が必要である*14。以上の点に注意が必要であるが、図表1から、昭和恐慌からの脱出のために公債の発行と軍事費及び土木事業費の拡大が行われたこと、さらに景気が安定した後も軍事費は高い状態を維持する一方で普通土木費は引き下げられたことが把握できよう。図表1 一般会計歳出決算及び公債の変化(対国民所得比)1937193619351934193319321931193019291928-5.025.020.015.010.05.00.0(昭和3)年度(%)(注)公債は年度末額から年度初額を引いた値である。(出所)『昭和財政史』(戦前編)各巻より作成。歳出総額軍事費普通土木公債図表2は高橋財政期に行われた公共事業である時局匡救事業と満州事件費の推移である。昭和財政史によれば、満州事件費は通算約11億円で、当時の年々の予算の約70%に当たり、時局匡救事業費は通算で約8億6,000万円に上り予算年額の約40%に当たる(第1巻P.136-137)。この歳出の伸びを支えていたのが図表1で確認した通り公債発行であった。*14) 臨時軍事費特別会計は、明治以降、日清戦争・日露戦争・第1次世界大戦・第2次世界大戦の戦争遂行のために、4回設置されている。第2次世界大戦では1937(昭和12)年9月10日から1946(昭和21)年2月28日までの期間を1会計年度とし、会計年度に含まれる月数101か月、予算提出回数15回、歳出予算額2,219億円以上、決算額は約1,554億円であったとされている(第4巻P.11-12)。通常の予算と異なり、101か月もの長期間を1会計年度としているため、直接の比較は困難であるが、1936(昭和11)年度の予算が23億円程度であることを考えれば、その規模の大きさがうかがえる。松元(2007)は、臨時軍事費特別会計が予算統制の有名無実化につながった要因の一つである点等を指摘している。なお、戦時中の財政に関する最近の研究としては、関野(2019)がある。*15) 原田・佐藤・中澤(2007)は、昭和恐慌期の財政政策と金融政策の効果を比較し「第1に財政政策の生産の変動に対する効果は認められなかった。第2に物価の変動と金融政策が生産の変動に対し影響があることを確認した。第3に金融政策の物価に対する影響は有意であった。」とする実証結果を示している。次に地方財政の歳入決算の推移をみると、特徴的な点として、井上の緊縮財政期には地方財政歳入が減少傾向にあり、高橋財政期に増大傾向にあるというように、国の財政との連動性が確認できる(図表3)。一方で高橋財政期の歳入の多くを公債と補助補給及交付金に依存していることも確認できよう。なお、図表3も対国民所得比であるため、経済状況において値が変化している点に注意が必要である。以上を念頭に、財政運営についての財政史の記述をみていこう。図表3 地方歳入の推移(対国民所得比)19371936193519341933193219311930192919280.030.025.020.015.010.05.0(昭和3)年度(%)(注)補助補給及交付金は、国と道府県の値を合算した値である。(出所)『昭和財政史』(戦前編)各巻より作成。税収補助補給及交付金公債歳入合計(2)緊縮財政から積極財政への転換経済状況が深刻になっていく中、浜口内閣は昭和恐慌対策*15として失業救済等の財政支出を増加させたが、緊縮財政を行っていたため財政資金は限られており、政策の効果は極めて限定的であった(第1巻P.121)。この昭和恐慌は地方経済にも大きな影響を及ぼしていた。第2節(3)でみた浜口内閣の緊縮政策は、地方財政においても反映されていた。大正末から昭和初頭にかけて農作物の価格が急落し、それへの対応のため地方団体の経費が拡大し続けていた。そうした中で図表2 満州事件費及び時局匡救事業費の推移(単位:千円)年度1931(昭和6)19321933193419351936合計満州事件費88,961293,263191,479163,706184,483202,1681,124,061時局匡救事業費-263,915365,852235,104--864,871(出所)『昭和財政史』(戦前編)第1巻P.136より作成。 ファイナンス 2021 Apr.67シリーズ 日本経済を考える 111連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#71

このブックを見る