ファイナンス 2021年4月号 No.665
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に役立ててもらおうと、講師陣にはホワイトボードとマーカーも提供した。先生役を引き受けてくれた若者たちも、週末の午前と午後に2時間ずつ授業を受け持つことで、一日500ペソ(約1000円)の謝礼を受け取ることができる。マニラ首都圏におけるマクドナルドやジョリビー(フィリピン現地資本の巨大ファーストフード・チェーン)の日給とほぼ同額だ。彼らの中には、親が失業して学費を払えず、進級や進学を遅らせている者もいる。寺子屋は、BASECOの子どもたちを力づけるだけでなく、指導役の若者たちにとっても、コロナ禍がもたらした厳しい不況を乗り切る所得を得る機会になっている。現在、筆者は、ランディ先生、ボナ、そしてBASECOの人々と協働しながら、図書館の設立にむけて取り組んでいる。毎週末、迷路のように入り組んだ、舗装されていないドロドロのBASECOの裏道を歩き回りながら、候補となりうる物件を探しまわってきた。そして、とうとう、3月末に価格面、立地面、そして施設面で最適と思われる物件を見つけ、22万ペソ(約44万円)で購入契約を済ませたところだ。新型コロナ、失業、そして大規模火災。無体とも言える度重なる不幸を前に、変えられない現実は受け入れながら、自らの力で変えることができる何かを見つけ、周囲を動かし、コミュニティの明日を創っていく…。そんなBASECOの人々と毎週末、ともに時間を過ごしていると、この街が「スラム」という一般名詞では表現しきれない、とても豊かで、深みのあるコミュニティであることに気付く。一方で、経済的・社会的格差と貧困はパンデミックを抑え込むうえでの障壁となり、同時に、パンデミックの結果、さらに悪化している。例えば、上下水道が整備されておらず、舗装された道路もない劣悪な住環境が改善されなければ、感染症を克服することは極めて困難だ。そして、パンデミックが長引けば長引くほど、そうした地域で暮らす人々の所得は相対的に大きく下がり、また住環境を改善するための公共投資も後回しにされていく。この悪循環をいかにして断ち切っていくかは、今後長きにわたる大きな開発課題だ。特にフィリピンでは、昨年3月以降全教育機関が閉鎖されて以降、一年を経てなお、対面授業の再開のめどが立たない中、拡大する格差が、世代を超えて、さらに深く、大きく、社会に定着するのではないか、との強い懸念を持たざるを得ない。教育-特に質の高い公教育-には、世代を超えた格差の固定化を打破する機能がある。一日も早い対面教育の再開と、教育へのさらなる投資が、フィリピンをはじめとする途上国の経済・社会をパンデミックから力強く、そして持続的に立ち直らせていくためには不可欠だ。次号では、「危機に立つ開発金融機関」とのタイトルのもと、筆者が勤務するアジア開発銀行が2020年の第一四半期に展開した危機への初動、及びその間に発生した様々な組織管理上の課題への対応について紹介していきたい。筆者略歴2001年財務省入省、主計局、広島国税局等を経て、2008年よりハーバード大学院ケネディスクール留学。公共政策修士号取得。以降、国際金融・途上国開発、国際租税分野等の政策立案を担当。2011年夏より3年間、世界銀行に出向、バングラデシュ現地事務所及びワシントン本部にて開発成果の計測・モニタリングの仕組みの立上げと展開に尽力。2017年7月にアジア開発銀行総裁首席補佐官に就任。中尾武彦前総裁、浅川正嗣現総裁のトップ外交、組織経営全般を補佐。著書「ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ~世界を変えてみたくなる留学~」、「バングラデシュ国づくり奮闘記~アジア新・新興国からのメッセージ~」(共に英治出版)BASECOにある教会の敷地を借りて展開する「BASECO版寺子屋プロジェクト」の様子。 ファイナンス 2021 Apr.43パンデミック下の途上国支援SPOT

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